ボルヴィック販売終了で考える 日本人にとって「ミネラルウオーター」はいつから当たり前の存在になったのか

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ボルヴィック販売終了で考える 日本人にとって「ミネラルウオーター」はいつから当たり前の存在になったのか

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昼間たかし

ルポライター、著作家

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日本でもすっかり定番のミネラルウオーター「ボルヴィック」が販売終了というニュースは、大きな衝撃をもって受け止められました。そもそも日本人は、いつからミネラルウオーターを購入するようになったのでしょうか。ルポライターの昼間たかしさんがその歴史をたどります。

日本での34年間の歴史に幕

 キリンビバレッジ(中野区中野)は2020年7月6日(月)、同年12月末で輸入ミネラルウオーター「ボルヴィック」の販売終了を発表しました。

 ボルヴィックは、フランスの食品大手ダノン傘下のソシエテ・デ・ゾー・ド・ボルヴィックとの契約で販売されてきた商品です。日本では1986(昭和61)年から輸入が始まり、キリンビバレッジは2002(平成14)年から参加してきました。

年内での販売終了が発表されたボルヴィック(画像:キリンビバレッジ)



 コンビニやスーパー、自販機などでよく見かけるメジャーな商品と思われていたボルビックですが、2019年の国内販売数量は24本入りで451万箱。キリンのミネラルウオーター販売数量の約1割にとどまっていました。

なぜ水をわざわざ買うのか

 かねてフランス産のミネラルウオーターとして愛されてきたボルヴィックですが、実際の人気には陰りがあったとは驚くばかりです。皆「自分ではあまり買っていないけど、あって当たり前」と思っていた商品だったということでしょう。

 さて、今回の話題はそんなミネラルウオーターの始まりについてです。水道水を飲んでも平気、水は豊富な日本で、なぜミネラルウオーターを買うことが当たり前になったのでしょう。

 蛇口をひねれば飲むことができる水が出るし、公共の場所では今でも水飲み場が設置されています。わざわざ買う必要はなさそうなのに、なぜか水って買ってしまいます。

2年間で3.5倍に伸びた需要

 日本でミネラルウオーターが存在感を増して、水を買うことが一般的になったのは1980年代前半からでした。

 それまでもミネラルウオーターは存在しましたが、ほぼバーやスナックでウイスキーの水割りに使う業務用に限られていました。それが1980(昭和55)年からの数年で急激に生産量を拡大します。

 業界団体である日本ミネラルウオーター協会によれば、1980年に約2000万klだった生産量は、2年後には3.5倍の約7000万klまで拡大しています。

 当時の日本は不況の風が吹いていたのですが、それにも関わらずミネラルウオーターが求められていたというわけです。

 中でも多く売れていたのが1lの瓶タイプの商品。今では500mlやそれより小さい飲み切りサイズの商品が人気だと思うのですが、当時は違います。

 その理由は、家庭で消費するものとして売れたからです。

お茶や料理に“安全な”水

 その頃、水道管の劣化などさまざまな理由で水道水は匂うとか、身体に悪いものが含まれているのではないか、などと考えられていました。

当時、日本人は考えた。水道の水は本当に安全なのか? と(画像:写真AC)



 そこで、家でお茶をいれたり料理に使ったりする水くらいは安全でおいしいものにしたい、とミネラルウオーターが売れるようになったのです。

 これは、「安全と水はタダだと考えられている」と評論家のイザヤ・ベンダサンに指摘されていた日本人の行動としては、非常に衝撃的な変化でした。

安全と水はタダ、のはずが

 余談ですが、一時有名だったこの言葉を発したイザヤ・ベンダサン。

 日本人とユダヤ人を対比した『日本人とユダヤ人』(山本書店、1970年)が300万部のベストセラーになり、大宅壮一ノンフィクション賞を受けた神戸生まれのユダヤ人……としてある時期まで知られていましたが、その正体はまるっきり日本人の山本七平。

1970年発行当時、話題をさらったイザヤ・ベンダサン著『日本人とユダヤ人』(画像:山本書店)



 ちなみに平成の初め頃までは、人生で読むべき名著とか夏の読書感想文向きの本として知られていました。

 ともあれ、そんな正体もバレていない時代。ベンダサンにやゆされた日本人が水を買うというのだから、大きなニュースです。

 次々と参入する業者も現れ、1984(昭和59)年にはおよそ60~70種類が販売されるようになりました。それに加えて、水の輸入も始まります。

地方の自治体が続々と参戦

 人気なのは、エビアンをはじめホワイトハウス御用達という触れ込みのマウンテン バレー スプリング ウオーター、スウェーデンのラムローサやフランスのペリエなどでした。

 当時の価格を見てみると瓶詰めのものでエビアンが230円、クリスタルガイザーが250円くらいで販売されています。

 これに負けじと、日本でもブランド力のあるミネラルウオーターの開発が始まります。とりわけ熱を入れたのは、地方の過疎が心配される自治体。自然に湧いてくる水が売れるならと、参入するところが急増しました。

 和歌山県の龍神村(りゅうじんむら)では「龍神の自然水」を発売。山形県西川町ではNHK朝の連続テレビ小説『おしん』の人気にあやかり「おしんのふる里」と名付けて発売しました。

ボルヴィックより長寿の水

 メーカーでも、サントリーは全国7エリアの名水を瓶詰めにして発売を開始。アサヒフーズは秩父の奥地・大滝村の岩の割れ目から湧き出る「秩父源流水」を。ハウス食品では「六甲のおいしい水」の発売を始めています。

ハウス食品時代の「六甲のおいしい水」(左)と、アサヒ飲料の「アサヒ おいしい水 六甲」(画像:ハウス食品、アサヒ飲料)



 1983(昭和58)年に発売されたこの「六甲のおいしい水」ですが、2010(平成22)年にアサヒ飲料(墨田区吾妻橋)に譲渡され、現在は「アサヒ おいしい水 六甲」として販売を継続しているヒット商品。

 当初とは源泉も変わっているそうですが、これだけ続くということは最もスタンダードな味だったということでしょうか。

 最近では、再び「東京の水」もおいしい水として見直す動きもあります。

 逆にミネラルウオーターに身体が慣れすぎているのか、水道水をそのまま飲むと意外においしい……と思うのですが、いかがでしょうか。

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