西武新宿駅はなぜ新宿駅から400mも離れているのか? 設置の背景には手に汗握る奮闘と涙があった

西武新宿線の西武新宿駅は、JRなど各線のある新宿駅から少し距離が離れています。いったいなぜでしょうか。その歴史について、フリーライターの小西マリアさんが解説します。


状況は好転したものの……

 それでも東京オリンピックが近づいた頃には、状況は好転していました。

 1961(昭和36)年の西武鉄道の社内報には、

「新宿ステーションビル2階に乗り入れることに決定」
「今年8月着工し、(19)63年秋ごろまでに実現」

などかなり具体的な記述がなされています。

 実際、多くの資料では現在の新宿駅東口駅舎(新宿ステーションビル。現在のルミネエスト新宿)を建てる際に西武線が入るように設計がされていたことがわかっています。

ルミネエスト新宿の外観(画像:(C)Google)

 この計画は具体的で、1964年に完成した際にはいつでも西武線が延伸しても利用できるような準備が進み、実際に高架の基礎まで完成していました。

二度目のチャレンジは「地下化」

 しかし、ここで大きな問題が起こります。ホームが狭すぎたのです。

 新宿歴史博物館(新宿区四谷三栄町)の資料によると、ホームが「島式」のものを1本予定していたことがわかります。入ることのできる電車は、最長6両編成でした。

 これは大誤算でした。経済成長の中で西武線沿線は住宅地としての開発が進み、通勤通学客を運ぶには8両編成のは必須だったのです。

 しかし出来上がったホームは6両が限界で、ホームも増やせません。結果、1965年にこの乗り入れ計画は断念されました。

 ならばと、次に考えられたのが地下化です。

 この計画は壮大で、上石神井駅から約13kmのトンネルを最大深度65mに建設。現在の西武新宿駅よりも300m南に地下ホームをつくって新宿駅との距離を縮めようとするものでした。

上石神井駅と新宿駅の位置関係(画像:(C)Google)

 この計画はかなり具体的で、国の認可を得た上で、1988(昭和63)年5月から運賃に工費の一部上乗せを始めました。予定では1993(平成5)年に着工し、4年後に完成することになっていました。

現在「再開に向けた動きなし」


【劇的変化】西武新宿駅すぐそばの「新宿歌舞伎町」、昭和20~30年代はどのようになっていた?(画像4枚)

画像ギャラリー

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