松田聖子やシブがき隊も――昭和のトップアイドルたちが中野に連日集結していた涙ぐましい理由

かつて、第一線のアイドルたちが中野区に頻繁に足を運んでいた時代がありました。いったいなぜでしょうか。ライターでレトロ文化研究家のミゾロギ・ダイスケさんが解説します。


OBから漂う「オールスター感」

 その第1期生には1970年代のトップアイドルである、郷ひろみ、野口五郎らがいました。そして、アイドル黄金時代ともいえる1980年代には、とりわけ多くの女性アイドルが毎年のように、その制服に袖を通しています。

中野駅周辺の空撮(画像:写真AC)

 知名度が高い出身者をデビュー順に並べてみましょう。

 松田聖子、岩崎良美、柏原芳恵、松本伊代、堀ちえみ、早見優、松本明子、荻野目洋子、長山洋子、岡田有希子(故人)、井森美幸、本田美奈子(のちに本田美奈子. = 故人)、南野陽子、森口博子、西村知美、山瀬まみ、おニャン子クラブの渡辺美奈代、酒井法子、森高千里……といった具合で、実に豪華な顔ぶれです。

 なお、男性アイドルも、竹本孝之、光GENJI(当時)の赤坂晃、佐藤敦啓(現・佐藤アツヒロ)らが通っていました。

 1980年代のアイドルシーンをご存じの人なら、両校に籍を置いたメンバーの「オールスター感」に、改めて驚くのではないでしょうか。

1強体制が崩れた背景とは

 1990年代になると、アイドル通学高校の「中野区1強体制」に変化が生じます。堀越の「芸能コース」は「トレイトコース」と改称されましたが、アイドルが学ぶ歴史は途切れずに続いています。

 一方、仕事が忙しいと卒業が難しくなりがちな明大中野に通うアイドルの数は減っていきました。同時に多様性を重んじる学校が増えたのか、アイドルの通学先は分散化されます。

 例えば、内田有紀、広末涼子、SPEED(当時)の今井絵理子、モーニング娘。(当時)の安倍なつみ・飯田圭織、鈴木あみ(現・鈴木亜美)ら1990年代のトップアイドルの多くは、中野区の2校以外の高校に通っていました。

 また、時代の変化とともに定時制高校への入学希望者の減少もあってか、2003(平成15)年に明大中野の定時制は廃止されてしまいます。

 さらに、かつての日出女子学園高等学校から、日出高等学校へと改称を経て共学化、さらに日本大学の系列となった目黒日本大学高等学校(目黒区目黒)など、ほかにも「芸能コース」を設置する高校が誕生し、勢力図は一変しました。

目黒区目黒にある目黒日本大学高等学校(画像:(C)Google)

 前述のとおり、堀越の存在は今も大きいものの、中野区がアイドルの学ぶ特別な場所だったのは、すでに過去の話となっています。


【地図】意外に駅近? 芸能人ご用達の「高校」をチェックする

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