人気エリア「吉祥寺」に、吉祥寺という名前のお寺がないワケ

住みたい街として常に上位にランクインする吉祥寺エリア。そんな同エリアの名前の由来とは? フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


明暦の大火で全焼

 今の和田倉門あたりにあったとされる初代の吉祥寺ですが、徳川家康が江戸城の改築を始めると、神田台(水道橋駅付近)へ移ります。ところが、その寺院は1657(明暦3)年に、江戸の大部分を焼き尽くした「明暦の大火」で全焼してしまいます。

江戸城 和田倉門の位置(画像:(C)Google)

 明暦の大火は江戸三大大火の中でも最大の火事で、日本史上最大の火事とも言われており、別名「振袖火事」としてもよく知られています。

 伝承では、身にまとった女性が相次いで死んだという振り袖を供養しようと、本郷の本妙寺で住職が読経しながら護摩の中にくべたところ風が吹き起こり、火がついた振り袖が舞い上がったことで火事が始まったと言われています。もっとも、この伝承は当時すでに作り話として否定されていますが……。

移転したはよかったものの……

 ともあれ、この火事によって吉祥寺は移転を余儀なくされます。

 江戸城本丸まで焼け落ちてしまった幕府では、城の周辺に土地を広くとって火除地(ひよけち。防火用の空地)としようと考えます。

 このときに城内にあった御三家の屋敷なども移転しているのですが、同様に周囲の寺も移転を命じられたというわけです。

文京区本駒込にある諏訪山 吉祥寺(画像:写真AC)

 こうして吉祥寺は本駒込に移転することになったのですが、問題は周囲の住民です。

 この頃、既に由緒ある寺となっていた吉祥寺には参拝客も多く、周囲には門前町もできてにぎわいがありました。ところが移転先の土地にはこうした人々が移転する土地がありませんでした。

移住者たちの奮闘


【地図】吉祥寺という名の寺院は存在した――いったい場所は?

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