サッポロビール本社は東京・恵比寿なのに、なぜ社名は「札幌」なのか

「丸くなるな、星になれ」――。日本初の国産ビール「サッポロビール」は当初、現在の札幌市ではなく東京・青山で創業するはずだったという逸話をご存じでしょうか。ノンフィクション作家の合田一道さんが明治期の歴史旅へとご案内します。


狙う市場はやはり「東京」

 北海道で採れるホップを用いて、日本人がいまだ味わったことのないビールを作りたい――。

 ビールこそ西洋流の近代産業の産物と考えた村橋は、すかさず開拓使内の課長たちにこの話をして協力を得、東京に決定している醸造所建設地を札幌に変更すべきとする文書を黒田に提出したのです。

 黒田は了承しました。

 喜んだ村橋はドイツから帰国したばかりのビール醸造人・中川清兵衛を東京官園に呼び、「醸造所の責任者として雇いたい。製品が成功するまでは辞めさせない」と伝えます。

 中川もまた北海道におけるビール作りに夢を抱いていたのです。こうして二人三脚による工場建設が始まり、ビール製造へ全力を傾注していったのです。

「開拓使麦酒醸造所」の開業式の写真が残っています。

 ビールだるにひと文字ひと文字書かれた「麦酒とホップを製すればビイルといふ酒になる」がほほ笑ましく見えます。

北海道大学付属図書館所蔵、「開拓使麦酒醸造所」開業式の写真(画像:合田一道)

 18klの「冷製札幌麦酒」は初めて世に出ましたが、瓶も栓もないので、外国人が使ったビールやワインの瓶、栓を再利用しました。

 1瓶16銭。いまの価格にすると2000円ほどの嗜好(しこう)品です。

 この時、札幌の人口は約3000人。市場はやはり東京です。東京の人に飲んでもらわなければ意味がないのです。

 出来たての札幌ビールが東京に送られてきたのは、1877(明治10)年6月。西南戦争の真っただ中でした。

東京上陸、認められた功績


【画像】日本初の本格的なビール工場をつくった「村橋久成」の姿を見る

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