東京の夜を席巻したクラブカルチャーが導いた「音楽ジャンルの崩壊」

東京の音楽好きにはおなじみのクラブ。そんなクラブの変遷と今後について、フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


広がる音楽ジャンルへの関心

 そんな発展とともに起こったのが、クラブの急速な大衆化です。例えばYELLOWはオープン当初こそコアな雰囲気でしたが、1990年代半ばに差し掛かると、俳優が率いるバンドのライブやゲームイベントなどを開催するようになりました。

 黎明(れいめい)期のクラブは、それ以前のディスコがそうであったように、最先端の雰囲気を出し、店の常連客を作ることで成り立っていました。

クラブフロアのイメージ(画像:写真AC)

 ところが1990年代半ばになると、カルチャーの消費方法が変わります。

 前述の通り、客はDJや主催者のパフォーマンスを重視するようになり、会場となる店は単なる「ハコ」となったのです。こうなると、客が楽しむ音楽ジャンルも当然広がりを見せます。

 それまでは、店によってある程度限定されていた雰囲気や音楽も日替わりスタイルとなり、来店客も口コミやフライヤーを見て「なんだかよくわからないけど、面白そうだから行ってみよう」と、それまで聞いたことのない音楽ジャンルをクラブで楽しむようになっていきました。

崩壊するステレオタイプ

 現代に暮らす私たちは、「自分の聴いている音楽はこうだから、服装はこうで、立ち振る舞いはこうで……」という人は、もはや絶滅危惧種であることを知っています。さまざまなマニアが集う中央線沿線でも同様の認識ではないでしょうか。

 ちなみに15年くらい前までは、高円寺で「俺はパンクスだ」と主張し、「お金がないので」自分でびょうを打ち付けた黒いジャケットを着ている若者に出会うこともありました。

レコードのターンテーブル(画像:写真AC)

 音楽ジャンルの崩壊はいくつかの要因がありますが、アンダーグラウンドと思われたクラブの急速な大衆化も、その一助だったと言えるでしょう。

ディスコの復興はあるのか


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