万葉集にちなんだ坂がなぜか文京区にあった――由来とは?【連載】拝啓、坂の上から(3)

現存する最古の和歌集「万葉集」には、東京の坂にゆかりある歌のほか、新型コロナで疲弊した日本への応援歌のような和歌が収録されているそう。フリーライターの立花加久さんがナビゲートします。


京都・旧街道の坂の名が、なぜ文京区に?

「万葉集」といえば、奈良時代末期の8世紀に成立したと言われる、日本に現存する最古の和歌集。

 貴賤(きせん)を超えたいにしえの人々が詠んだ詩歌を編さんした人類遺産ともいえる歌集ですが、市販されている口語訳付きを読むと、現代人のわれわれでも共感でき親しみを感じる歌に触れることができます。

 80年代にはやった「オフコース」調のラブソングから、「石川さゆり」の女の情念を歌った哀歌調や、中にはかつての「クレイジーキャッツ」の植木等のような、明るくて楽観的な「ポジティブ万葉集」と呼びたくなるものまであったりして、歌の背景を想像しながら読むと、短編ドラマを見るみたいに楽しめるのです。

 ちなみにこの「万葉集」と関わりのある東京都内の坂はないかと調べてみると、なんとひとつだけありました。

 文京区小日向にある「鷺坂(さぎざか)」です。

坂の中ほどにある「鷺坂」を示す石柱(画像:立花加久)

 そしてそのゆかりの歌とは、作者不明とも柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ、660~720年頃)作とも伝えられる、

「山城の 久世の鷺坂 神代より 春は張りつつ 秋は散りけり」
(やましろの くせのさぎさか かみよより はるははりつつ あきはちりけり)
(9巻1707番)

です。

 歌の内容は、大昔から人の往還が絶えない街道を、鷺坂から眺める景色が季節ごとに移ろいを見せているという、変わらぬ日々の営みに感動したという内容なのです。

 コロナ禍以前と以後で激変したわれわれの日常を思うと、なんとも感慨深い歌ではありませんか。

 ちなみにこの歌に登場する「鷺坂」は、京都府城陽市の「久世神社」脇を通る、大和から近江へ通じる旧街道にある坂のことです。ではどうして京都の坂を歌った和歌が、東京の坂と関わりがあるのでしょうか?

有志による、時空を超えたバトンリレー


【画像】丈夫な石垣と唐突な急カーブ……文京区の「鷺坂」を見る(3枚)

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