秋葉原は今や「日本の象徴」に――オタクはいつからイケてる存在になったのか

昨今はリア充が「オタク」を自認してもおかしくない時代です。そもそも「オタク」という存在はいつごろから市民権を得てきたのでしょうか。フリーライターの猫柳蓮さんが解説します。


期待を込められた「オタク」

 オタクの存在が世の中に知られたのは、1989(平成元)年に東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の容疑者が逮捕されたときの報道で、犯人が同人誌即売会・コミックマーケット(コミケ)に参加していたことが取り上げられてからでした。

 オタク(当時は平仮名で「おたく」という表記もありました)は、文字通りネガティブな形で世間に知れ渡ることに。

 しかしネガティブに捉えられる時期は意外にも続かず、年が明けて1990年になると、むしろオタクを称賛する記事がメディアでは目立つようになります。

『週刊プレイボーイ』1990年1月23日号(画像:集英社)

 一例をあげると『週刊プレイボーイ』1990年1月23日号に掲載された「キミもオタッキー症候群に感染している!?」という記事では、

「渋カジ野郎みたいな『消費おたく』はただのゴミ、というわけだ。諸君はそうならないよう『おたく』の道を究め、二十一世紀日本の宝になってほしい」

と、世間ではくだらないもののように考えられている、アニメやマンガ、アイドルに情熱を注ぐオタクに対して期待を込めています。

 なお文中の「渋カジ」とは渋谷カジュアルの略で、1980年代中盤から1990年代前半にはやったストリートファッションのことです。

1990年に急増した「オタク」

 オタクは極めてネガティブな形で注目されましたが、その文化に興味を持つ人は急増。1990年8月、幕張メッセ(千葉市)で開催されたコミックマーケットには23万人が来場したのです。

 前年となる1989年、中央区晴海の東京国際見本市会場(1996年閉場)で開催された際は10万人だったので、2倍以上に増えた計算になります。

1990年ごろの中央区晴海の様子。真ん中の施設が東京国際見本市会場(画像:国土地理院)

 皮肉にも、オタクのイメージを地の底までたたき落とした事件を経て、「こんな面白いものがあるんだ」と気づいた人が多かったというわけです。

 もちろん、オタクに対するネガティブな印象を持っている人がいなくなったわけではありませんでした。

ネガティブなイメージが消えた「オタク」


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