クイズ番組『東大王』で思い出した、80~90年代「東大ブーム」に見る人々の飽くなき知識欲

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クイズ番組『東大王』で思い出した、80~90年代「東大ブーム」に見る人々の飽くなき知識欲

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星野正子

20世紀研究家

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人気クイズバラエティー『東大王』が現在人気を博していますが、東大ブームはかつても存在しました。20世紀研究家の星野正子さんが解説します。

最難関国立大学にして、観光スポットの姿も

 東京を代表する大学といえば、言うまでもなく東京大学です。

 そんな東京大学の戦前の名称は、東京帝国大学です。ただこれは、1897(明治30)年の京都帝国大学開学以降の話で、それ以前は帝国大学という実にシンプルな名前でした。

 現在は各地に関連施設を持っている東京大学ですが、中心はやはり本郷キャンパス(文京区本郷)です。広い本郷キャンパス内は学生だけでなく、散歩する人や観光客でにぎわっています。

 紅葉時にイチョウの下でギンナンを拾っている人たちも、もはや風物詩と言って過言ではありません。また古い建物が現役で使われているため、観光地としてもポテンシャルも申し分ありません。

東大生の「知力」が目下ブーム

 そんな東京大学に通う学生たちの「知力」は、いつの時代も人々の憧れです。最近は東大生が多数参加するクイズ番組『東大王』(TBS系)がテレビで盛んに放映され、人気を博しています。

クイズ番組『東大王』(画像:TBS、KADOKAWA)



 いわば東大生は一種のブームとなっているわけですが、東大生の「知力」がブームになったのは、これが初めてではありません。

 かつては、『知の技法』ブームがありました。

『知の技法』は東京大学の新入生向けに実施する「基礎演習」のテキストで、教授陣18人が共同執筆した書籍。1994(平成6)年の春にベストセラーとなりました。

 学問の考え方から、論文の書き方・引用の仕方、口頭発表の作法と技法まで、知識を生かすための基礎が網羅された内容で、それに加え、書籍の作りが従来になかった革新性を帯びていました。

実際に一般人が買った結果……

『知の技法』は、当時少なかった全横組みの構成。文章は「です・ます」を使い、読みやすくなるように工夫されていました。

『知の技法』(画像:東京大学出版会)



 扱われている題材も目を引くもので、マドンナの写真集から写真が引用されたり、いしいひさいちのマンガが使われたりしていました。

「東京大学で教えているような内容が、わかりやすく書かれている!」

と話題となり、30万部あまりを売り上げる予想外のベストセラーとなりました。

 多くの人がこの本を手に取ったのは、『知の技法』が東京大学の教科書とは思えないほどわかりやすく、かつ平易に記されているという話が当時広まっていたからです。

 しかしその言葉を信じて本を買った人は、すぐにがくぜんとしました。

『知の技法』は今も書店で売っているので、実際に読めば一目瞭然。東京大学で教えている学者が「やさしく書いた」レベルですから、一般人にとっては想像、以上に難解なものだったのです。

 もともとは授業で使うテキストですから、これを基に教授陣の講義を聴けば「なるほど」と理解することもできたでしょう。ただ、それができない一般人にはなかなか難しい本でした。

 また『知の技法』を使って授業を受ける東大生に対して、尊敬と嫉妬が混じった複雑な感情を抱く人も多かったのです。

90年代の若者は「知」にもアクティブだった

 しかし東京大学に入学できなくても、本当に学問を学びたいと考える人はアクティブでした。

『知の技法』が話題になる数年前、評論家・浅羽通明(みちあき)の『ニセ学生マニュアル』という本が、知識欲の旺盛な若者たちの間で話題となっていました。1989年から1991年まで3冊が発売された同シリーズは、「モグる」べき大学の講義を解説したものです。

『ニセ学生マニュアル』(画像:徳間書店)



「モグる」という言葉が、今の若者たちに通用するかは少し疑問ですが、当時は当たり前に使われていました。

 モグるとは、自分と縁もゆかりもない大学の教室に入って、興味のある講義を聞くこと。「この学者の本は面白い」と思えば、その授業に顔を出す――そんな時代でした。また、大半の教授陣も交渉すれば入室を許可してくれました。

「モグる」文化はいずこへ

 中には、どうしても受けたい授業があると学習院女子大学(新宿区戸山)の教授に本気で交渉していた、早稲田大学(同区戸塚町)の学生もいました。

東京大学の外観(画像:写真AC)

 学習院女子大学は、学生・生徒が帰りの道に警備員に「ごきげんよう」という大学です。許可を得ているのにも関わらず、門から入ろうとするたびに止められたといいます。

 そんなモグる文化も、大学が「関係者以外立ち入り禁止」を大きく掲げるようになったり、管理が強化される中で消えていきました。果たして今でも、自由にモグれる大学はあるのでしょうか。

 何はともあれ、東京大学レベルとは言わずとも、知識への飽くなき探究心は称賛されてしかるべきものではないでしょうか。

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