かつては「しょっぱくて硬いもの」……日本人のチーズ観を覆した「チーズケーキ」の偉大なる歴史【連載】アタマで食べる東京フード(4)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


人から人へ受け継がれたレシピ

 店主であるユダヤ系アメリカ人、ミセス・アンディンケンが故郷のレシピで作るニューヨーク風チーズケーキは、ほかにはない独特のおいしさだったと、当時通った人々は口をそろえて懐かしがります。

 旧防衛庁の並びにあったコーシャは、当時も今も珍しいユダヤ料理のレストランで、自家製パストラミのホットサンドイッチも絶品だったそう。

 ミセス・アンディンケンは人気の名物“おばあちゃん”で、アーティストや編集者など業界人のたまり場だったことから、チーズケーキの評判が口コミで広がり、メディアで多く紹介されるようになりました。

 1970年代の雑誌で、チーズケーキほど頻繁に取り上げられたお菓子はほかにありません。最初の頃は買える店のガイドやカタログが中心でしたが、やがてレシピが紹介されるようになり、食べ歩きをする以上に家庭で手作りするのが流行し、ケーキやクッキーのホームメイドブームに発展しました。

 クリームチーズとカッテージチーズが普及したのも、そのおかげ。チーズケーキは、さまざまな現象を引き起こしたのです。

緊急事態宣言中は種類を絞っているが、近所の人がひっきりなしに買いに来る(画像:畑中三応子)

 日本で初めてチーズケーキを出したのは、六本木交差点近くにあった「ユーラシアン・デリカテッセン」で、1950年代だったといわれます。

 小さな店でしたが、知る人ぞ知るセレブ御用達の洋風総菜テイクアウト専門店で、早い時期からレアチーズケーキとベイクドチーズケーキの2種類を作っていました。ミセス・アンディンケンは店の2階に住んでいたので、もしかしたらレシピの交流があったのかもしれません。

 1970年代末、ミセス・アンディンケンが店をたたんで帰国するとき、同じ六本木で高級菓子店を営み、親しい友人付き合いをしていたアンドレ・ルコントさんへ、秘伝のレシピを贈りました。

伝統と物語が詰まった名品菓子


【画像】進化し続けるチーズケーキ。全て通販で購入可

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