日常生活に少しの彩りを――都電荒川線沿いに咲く「バラ」を巡る物語

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日常生活に少しの彩りを――都電荒川線沿いに咲く「バラ」を巡る物語

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小川裕夫

フリーランスライター

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新型コロナ禍でもちょっとした楽しみは作れるもの。そのひとつが街の風景です。今回は都電荒川線の線路端に植えられた「バラ」について、フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。

手軽に楽しめる街の花々

 新型コロナウイルスのまん延で、行楽シーズン真っ盛りのゴールデンウィークに出掛けた人は大幅に減少しました。

 ゴールデンウィークに人出が減少したのは、行楽地だけではありません。新宿や渋谷、銀座といった繁華街も人影はまばらでした。遠出どころか、近隣への外出も多くの人が控えたことになります。

 できるだけ外出をしないように呼びかけられている昨今ですが、食料品や日用品などの買い物をはじめ、用事で外出せざるを得ない事情も出てきます。

 そうした必要火急の外出時に、手軽に楽しめるのが線路や道路の沿いに咲く美しい花々です。

都電荒川線「さくらトラム」の由来

 この時期、見頃を迎えているのがバラです。

 東京近郊には多くのバラ園があります。しかし、緊急事態宣言でそれらの多くは休園しています。そのため、バラを存分に楽しむ環境ではありません。

 都電荒川線の線路沿いに植栽されている数々のバラは、誰もが気軽に楽しむことができるバラ鑑賞スポットでもあります。

町屋駅前に植栽されたバラ。線路沿いに植えられているので、車窓から楽しむこともできる。写真は2016年の様子(画像:小川裕夫)



 新宿区の早稲田から荒川区の三ノ輪橋を結ぶ都電荒川線は、“東京さくらトラム”という愛称がつけられています。

 これは、沿線に飛鳥山や神田川といったサクラの名所が点在していることに由来しています。そのため、サクラのシーズンは都電の車内も沿線を散策する人もサクラ目当ての花見客であふれます。

 しかし、都電沿線でサクラが植樹されているのは飛鳥山や神田川です。これらのサクラの名所は、都電沿いとはいえるものの、都電の車窓から楽しめるほどの近距離ではありません。

線路端のバラの特徴

 一方、都電沿いの花の代名詞にもなっているバラは、線路端に植栽されています。手を伸ばせば届きそうなぐらいの距離です。わざわざ下車をしなくても、車窓からでも存分に楽しむことができるのです。

 都電沿いに植えられたバラは、もともと荒川区が地元住民団体と協力して官民共同で植樹を始めた事業でした。荒川区と地元住民団体で取り組んだバラの植栽には、大きな特徴があります。

 今般、バラ園はあちこちに整備されています。それらのバラ園は、バラの種類ごと面状に植栽されています。

都電荒川線(東京さくらトラム)の路線図(画像:東京都交通局)



 一方、都電沿いのバラは線路に沿うよう、線状に植えられているのが特徴です。荒川区が都電沿いにバラの植栽を始めた頃、そうした線状に植栽されたバラは珍しいものでした。

 またバラ園などは入園料がかかる一方、都電沿いのバラは無料で誰もが鑑賞できます。そうした開放的な空間をウリにしていましたが、誰もが自由に楽しめるため、心ない不届き者によって盗掘被害もたびたび起きていました。

 盗掘された一画は、はげ山のように土がむき出しなりました。華やかなバラが咲き誇る都電沿いの一部分が、みすぼらしくなってしまったのです。

荒川区と地元団体の奮闘

 荒川区と地元団体は見栄えを整えるべく、盗掘された一画に再びバラを植栽します。しかし、以前とは異なるバラを植栽してしまい、統一感がなくなってしまいます。

 これは、予算の問題やバラ植栽事業の担当者が交代していて以前に植えていたバラの種類が把握できていなかったことが理由です。

 まさに、お役所仕事ともいえる話ですが、これが「ケガの功名」につながります。

都電荒川線の荒川遊園地前~小台間に咲き誇るバラと都電。写真は2019年の様子(画像:小川裕夫)

 一見すると、都電沿いのバラは、異なる種類のバラが入り乱れるように見えます。それが奏功するのです。きちんと整備されたバラ園では見ることができない数種類のバラが混ざって咲く風景が、かえって評判になったのです。

 評判が高まるにつれ、荒川区はその後もバラの植栽事業に力を入れていきました。住民団体の活動も活発になり、現在は約4kmの区間に約140種1万3000株のバラが咲き誇るようになっています。

荒川区を代表する花となったバラ

 都電沿線のバラの評判は、歳月を重ねるごとに高まりました。バラは年に2回、春と秋にシーズンを迎えますが、その季節には沿線住民・地元住民のみならず、鉄道ファンや写真愛好家、バラの愛好家など、たくさんの人たちが都電沿線に足を運んでバラをめでています。

 特に、都電の三ノ輪橋停留所はバラに囲まれている美しい立地から、「関東の駅百選」にも選出されているほどです。

 荒川区は、バラの育てかた講習会なども実施。また、毎年5月に「あらかわバラの市」を町屋駅前で開催しています。

毎年5月に開催される「あらかわバラの市」では、ジャズの演奏などのステージイベントも。写真は2016年の様子(画像:小川裕夫)



 荒川区の区の花はサクラですが、バラは荒川区を代表する花となり、都電沿いに咲くバラは区のシンボルともいうべき風景になっています。

 今年は新型コロナウイルスの影響で「あらかわバラの市」は不開催になりましたが、都電沿線のバラは見事な光景を創出しています。

立ち上がった豊島区

 都電荒川線は、荒川区のほか北区・豊島区・新宿区の4区を走っています。バラの植栽は荒川区と地元住民が一丸となって取り組んだ事業のため、北区・豊島区・新宿区で咲き誇るバラをあまり目にすることはできません。

 しかし、荒川区のバラ植栽が有名になったこともあって、豊島区内でもバラを植栽する取り組みが広がっています。

 豊島区と大塚駅周辺の地元住民・商店会の活動が実を結び、大塚駅前~向原間の線路沿いには美しいバラが植えられ、こちらでもバラ目当ての愛好家が足を運ぶようになりました。

330種以上のさまざまなバラが楽しめる大塚駅前~向原間のエリア(画像:(C)Google)

 豊島区大塚駅前付近のバラは、荒川区に比べて短い区間です。しかし、種類が豊富です。豊島区のバラは、荒川区とは異なる魅力で人気になっています。

 都電沿いのバラのように、通勤や買い物の道中でも視点を変えれば「プチ行楽」の要素は身の回りにあふれています。

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