板橋と世田谷が生んだコンビ「とんねるず」 人気のウラにあった、ふたりの「地元愛」とは

板橋区成増と世田谷区祖師谷大蔵が生み出したお笑いコンビ「とんねるず」。そんな彼らの魅力について、社会学者で著述家の太田省一さんが解説します。


当時は“暴れん坊”だった

 そしてふたりはB&Bやコロッケを輩出した日本テレビのお笑いオーディション番組『お笑いスター誕生!』に挑戦、2度目のチャレンジで9週目まで勝ち抜きます。そのときはすでにコンビ名が「とんねるず」になっていました。

 その後女子大生ブームを巻き起こしたフジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』(1983年放送開始)、そしておニャン子クラブが大ブレークするきっかけとなったフジテレビ『夕やけニャンニャン』(1985年放送開始)にレギュラー出演。このあたりでとんねるずは、若者のカリスマ的存在になっていきます。

現在では絵本も手掛ける木梨憲武(画像:双葉社)

 当時のとんねるずには、“暴れん坊”のイメージがありました。

『オールナイトフジ』で「一気!」を歌ったときテレビカメラを引きずり倒して破壊したり、『夕やけニャンニャン』ではスタジオ観覧の客に思い切りキックを見舞ったりとやりたい放題。

 現在では伝わりづらいかもしれませんが、バブル前夜の当時はテレビが「なんでもあり」になった時代でした。とんねるずは、その時代の波に乗ったのです。

仮面ライダー愛が詰まった「仮面ノリダー」

 そしてとんねるずの場合は、そこにやはり濃すぎるほどの「テレビ愛」があったと言うべきでしょう。生粋のテレビっ子が、憧れのテレビのなかで自由に遊ぶことを許される。これほどの幸運はありません。

 そして彼らはその幸運を満喫し、同世代の若者たちは彼らに羨望(せんぼう)のまなざしを向けました。それだけテレビは、まぶしい世界だったのです。

 しかし、とんねるずはただの“暴れん坊”では終わりませんでした。

 1988(昭和63)年には、フジテレビでレギュラー冠番組『とんねるずのみなさんのおかげです』がスタート。そこで大人気となったのが、「仮面ノリダー」でした。

4月28日、自身のInstagramで「仮面ノリダー」姿を披露した木梨憲武(画像:アライバル)

 いうまでもなく特撮ドラマ「仮面ライダー」のパロディーですが、そこにパロディーにつきものの辛口の風刺などはありません。

 確かに誇張やギャグもありますが、むしろ木梨の主題歌の歌いかたから、元ネタと同じように採石場で怪人と戦うところまで、本格的な“仮面ライダーごっこ”をやりたいという純粋な気持ちが伝わってきます。

 ちゃかすのではなく、細部まで再現しようとするのがとんねるずのパロディーでした。それもまた、彼らの「テレビ愛」がなせる業でした。

運動部出身者ゆえに軽いフットワーク


現在では画家としても活躍! 木梨憲武の作品をチェックする

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/05/200508_tunnel_05-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画