若者よ、大志を抱いて東京を目指そう――コロナ禍で「上京しない春」に寄せて

本来なら東京での新たなスタートを切っていたはずの若者たちが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で上京できていない2020年春。あらためて「地方に住む若者にとっての東京」とは何か、ライターの宮野茉莉子さんが考えます。


東京にあって地方に無いもの、またはその逆

 いざ東京で暮らし始め、東京出身の人と話すなかで思い知らされるのは「東京」に対する意識の違いです。

 地方出身者にとって長年のあこがれだった東京。東京の大学へ進学するために必死に勉強をし、雑誌で紹介されているファッションをまねようと近所の洋服店で似たモノを探して自分なりにコーディネートを試し――。東京とは目標であり、「本当の自分」を始めるスタート地点であるはずでした。

 かたや東京出身・在住者にとって「東京」は当然ながら当たり前の日常。それは、いうなれば「はじめからゴールにいる」ようなものです。筆者がいつかおしゃれをして闊歩(かっぽ)したいと夢想していたJR中央線沿線の有名駅を「そこ、うちの最寄り駅」と事もなげに告げられたときには、思わずのけ反りそうになりました。

 私たち地方民があこがれ続け、妄想し、追いかけ続けた東京を、彼らは生まれたときから、当たり前のものとして享受してきたのです。

 実家に残してきた「プチセブン」の切り抜きが、ふいに色あせて思えた瞬間。あのスクラップブックが筆者にとってそうであったのと同じように、自分にとって「東京的なるモノ」だった何かが、東京に出てきたことによって逆説的に輝きを失ってしまうという経験は、上京する誰しもに起こりうる通過点なのかもしれません。

ドラマの舞台にもなった、あこがれの公園があるあこがれの駅。そこが自分の地元だという東京出身の友人もいた(画像:写真AC)

 一方で、意外な気づきも与えられました。

 東京在住の友人に自分の出身地を告げ、「いいなあ、地元があって。私ずっと東京だから実家みたいなものにあこがれがあるんだ」と言われたときには、思わずハッとさせられました。

 確かに地方から東京へやってくることは、東京と地元ふたつの拠点を手にするようなものです。「今いるここ」以外にも自分の所属がある、要はいざというとき帰る場所が自分にはあるという感覚は、思う以上に自分という存在の後ろ盾になっているのだと気づかされる体験でした。

どの土地、どの人にでも、固有の価値がある


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