御茶ノ水駅から数分 日本最古の高架橋が魅せる「至高の4連アーチ」を知っていますか

JR中央線御茶ノ水と神田の間には、4連のアーチが美しい日本最古の高架橋「紅梅河岸高架橋」があります。その紅梅河岸高架橋について、文筆家の広岡祐さんが紹介します。


バルコニーのような華やかな造形も

 紅梅河岸高架橋の見どころは、何といってもその装飾の美しさです。

 明治大正期に完成した橋やトンネルポータル(トンネルの入り口部分)などの土木構造物は、扁額(へんがく)や紋章、飾りレンガなど、さまざまな装飾がもうけられているものが多く見ごたえがあります。紅梅河岸高架橋の東端、昌平橋架道橋を支える橋台にあたる部分には、西洋建築の付け柱とバルコニーのような華やかな造形が見られます。

紅梅河岸高架橋の装飾。昌平橋駅ホームへの入り口はこの赤レンガの脇にあったという(画像:広岡祐)

 紅梅河岸というエレガントな地名は、この地にあった紅梅の大樹から名づけられたようで、御茶ノ水・ニコライ堂(千代田区神田駿河台)の西側には紅梅坂という坂道も残っています。

 神田駿河台に統合されるまで、周辺には東紅梅町、西紅梅町の町名があったそうです。

交通の要衝・万世橋

 昌平橋架道橋に続いて建設されたのが、万世橋高架橋(同区神田須田町)。川沿いに連なる、100mにおよぶ連続アーチは圧巻です。この高架線の東側に万世橋駅がありました。

1932(昭和7)年発行のお茶の水周辺の地図。真ん中の駅に「まんせいばし」の表記がある(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕).

 明治のはじめ、神田の岩本町から須田町にかけては古着商が集中し、のちに衣類問屋街として成長していくことになります。 また神田多町には、江戸時代から青物商が軒を連ねていました。

 甲武鉄道の経営陣は、これら多くの商店でにぎわう神田の万世橋を起点としたのでした。駅前の須田町交差点は、最盛期には10系統の路面電車が複雑に行きかう、交通の要衝となりました。

焼失後も愛された万世橋駅舎跡


【画像】今見ても美しい装飾が施された「110年前の鉄柱」を見る

画像ギャラリー

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