かつての「陸の孤島」がトレンドスポットに大変身 1991年オープン「ジュリアナ東京」の衝撃とは

バブル経済が崩壊した1991年、東京港区芝浦に開業した有名ディスコ「ジュリアナ東京」。狂乱の時代の「あだ花」としてだけではなく、同地に思わぬ変化をもたらしていきました。統計データ分析家の本川裕さんが、時代背景とともにその文化を振り返ります。


バブル期の象徴となった「ジュリアナ東京」

 コラムニスト・泉麻人の「新・東京23区物語」(2001年)は、港区湾岸部で突如巻き起こったウオーターフロント・ブームについてこう記しています。

「芝浦運河の付近には、40年ほど前までダルマ船の中の三畳ほどの部屋で生活を送る『水上生活者』と呼ばれる家族が千世帯ほど存在していました。そんなダルマ船が浮かんでいた芝浦運河の周辺に、1980年代後半のいわゆるバブル景気の頃、<ウォーターフロント>なるうたい文句の下、バーやディスコ(現・クラブ)がぼつぼつと発生し、六本木に飽きた若者たちのアソビ場として、脚光を浴びるようになります」。

かつて「ジュリアナ東京」のエントランスだった場所。「への字」のデザインは当時のまま(画像:(C)Google)

 中でも、1991(平成3)年に芝浦に開業したディスコ「ジュリアナ東京」が一世を風靡(ふうび)しました。

 当時の騒がれ方は、湾岸ウオーターフロントの倉庫街に花咲いたロフト文化の中では異色だったといわれますが、最寄り駅田町駅から降りたワンレン・ボディコン・爪長・トサカ前髪といったファッションの女性が多く集まり、大きな話題になりました。

 DJの絶叫、女性客の露出の過激化、そして、通称「お立ち台」と呼ばれるステージや荒木師匠こと荒木久美子に代表されるジュリアナ扇子(せんす、通称「ジュリ扇」)を合わせたファッションが「バブル期」を象徴する風俗として有名になりました。

 ジュリアナ東京が開店した1991年は、バブル経済が崩壊した年でしたが、バブル時代の余勢はなお根強く、「ひたひたと迫る不況の足音で広がる社会不安にあらがうように、陶酔(とうすい)に浸ったジュリアナの夜」と評されています(東京新聞2013年1月8日)

 のちに違法派遣、不正請求で問題となった人材派遣業、介護サービスのグッドウィル・グループの折口雅博元会長が当時の日商岩井の社員として、大手倉庫会社のオーナーから有効利用の相談を受け、巨大ディスコとするプロジェクトを計画。綿密な計画の下、立ち挙げ、大成功を収めたという逸話でも有名です(同氏は「ジュリアナ東京」に続いて「ヴェルファーレ」も立ち挙げています)。

ウオーターフロント・芝浦の時代的変遷


【画像】貴重な当時の写真も! 東京にあった有名ディスコの「年表」を見る

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