閲覧注意の血みどろ絵 若者たちはなぜ最後の浮世絵師「月岡芳年」に引かれるのか

若い世代を中心に静かなブームとなっている浮世絵師・月岡芳年。その魅力と背景に込められたメッセージ性について、ライターの松崎未來さんが解説します。


「血みどろ絵」を生んだ幕末の社会不安

 芳年によって確立されたとも言える浮世絵のジャンルに「血みどろ絵」があります。「血みどろ絵」とは血が飛散する残虐な殺りく、あるいはそうした事件が起きたことを暗示させる血まみれの人物(死体)を描いた作品を指します。

 天下太平の世が長く続いた江戸時代、大衆の娯楽であった浮世絵版画の題材に、血なまぐさい描写はほぼ取り上げられてきませんでした。しかし幕末には、過激で扇情的な題材がたびたび取り上げられるようになります。

 ここで一点注意しておきたいのは、浮世絵版画は量産された商品であり、浮世絵師は職業画家だということです。浮世絵師はおおむね依頼を受けて絵を描き、激しい販売競争の中を生き残るために画技を磨きました。

「血みどろ絵」もまた、単に芳年個人の嗜好(しこう)性から生まれたものではなく、一定の需要があり、市場が見込まれたからこそ制作されたものなのです。

競争により過激化したスプラッタ表現

 芳年の「血みどろ絵」の代表的な作例に、兄弟子の落合芳幾(よしいく)と14図ずつ競作した「英名二十八衆句(えいめいにじゅうはっしゅうく)」のシリーズがあります。

 1866(慶応2)年に刊行された本シリーズは、ふたりの師である国芳の作品が下敷きになっていると考えられています。しかし芳年の作品は、女性をつるし斬りにしたり、顔面の皮を剥ぎ取ったりと、師や兄弟子の描写をはるかにしのぎ、容赦なく凄惨(せいさん)です。

月岡芳年の作品。左から「魁題百撰相 阪井久蔵」、「英名二十八衆句 稲田九蔵新助」(画像:太田記念美術館蔵、個人蔵)

 当時の浮世絵界で着実に頭角を現してきていた28歳の芳年が、かつて師が描いた題材を、兄弟子と競作するという機会を得て、いかに奮起し、独自性を追究したかは想像に難くありません。

 その後、上野戦争(上野寛永寺を中心とした彰義隊と新政府軍の衝突)での体験をもとにしたと言われる「魁題百撰相(かいだいひゃくせんそう)」のシリーズでも、芳年は血まみれの勇者たちを描き、話題をさらいました。

時代を象徴する明治の赤


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