もし全ての「花」が日常から消えてしまったらーーコロナ禍に思う「不要不急」の意味

外出自粛の2020年も春から初夏へ。あなたはこの間、どれだけの花を見ましたか? 花が私たちの日常に与えてくれていたものとは何なのか。ライターの宮野茉莉子さんがあらためて問い直します。


花は「不要不急」の最たる例かもしれない

 何でもない日々に、自宅に花を飾っていると聞いたなら「自然や植物が好きな人」「丁寧な暮らしをしている人」というイメージが浮かんできます。一方の筆者は年に1、2回「花を飾ろうかな」と思いつきはするものの、日常にうまく取り入れられるほどには長続きしないタイプ。

 その程度の付き合いだった花を今「欲しい」と強く思うようになったのは、無論、新型コロナウイルスの感染拡大に影響されたものです。

 まだ立春になる前から始まった日本国内での感染拡大の報道は、日に日に悪化する状況を伝え続け、街からは次第に人が消え、気づけば季節は春を迎え、初夏を迎えていました。

 当たり前のものだった薄紅色のソメイヨシノ、黄色い菜の花、赤や白、オレンジのチューリップを、この春はほとんど誰も見る機会がなかったのではないでしょうか。

 街の映画館や美術館、百貨店、音楽コンサートやスポーツイベントと同じように、花もお花見も、生活の維持に「不要不急」のもののひとつに数えられるのは当然のことかもしれません。

花はただ咲き、散る。何の迷いもなく(画像:写真AC)

 それでも、その「不要不急」のものたちに、私たちの生活がどのように慰められ、励まされていたのかを、今あらためて感じている人は少なくないはずです。

 長い冬が終わり、ようやく春が訪れた直後の外出自粛は、春に咲く花々の色彩が私たちが思う以上に何ものかを与えてくれていたのだと、再認識する契機にもなりました。

 言うまでもなく花は生き物です。葉を伸ばしつぼみを膨らませ、見事な花を咲かせた後は花弁を1枚ずつ落として潔く枯れる。その生き生きとして迷いのない変化の過程を、今、間近に眺めてみたいと思うのは、おそらく筆者だけではないでしょう。

 自宅で過ごす変化の乏しい毎日に。日々伝えられる国内感染者数に人の生き死を思わずにはいられない日常に。緊張状態を強いられ、知らず知らず不安やストレスが沈殿していくこの日々にこそ、花は必要なのだと筆者は考えています。

日常に花を。まずはリビングに1束


【画像】日常に「花」を取り入れるためのひと工夫

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