NHK連続テレビ小説「エール」に見る 古関裕而と日本コロムビアの歩み

3月30日から始まったNHK連続テレビ小説「エール」を通じて、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが戦前のレコード産業の歴史を解説します。


日本に続々と生まれたレコード会社

 輸入されたクラシックはもちろんのこと、日本は民謡や講談、浪花節などの国産アイテムが増えていったため、レコード会社は東京や大阪、京都、神戸、奈良、名古屋などに誕生していきます。そして、大資本の会社が小さな会社を次々と飲み込んでいったのです。

 会社が成長するためには、外部との関係が重要です。

 各会社が近接して立地することで、集積のメリット(外部経済効果)を受けられるからです。各会社の地理的距離が近い場合、交渉や物流、コスト面などで利便性が高まるのです。そのため、同業種や関連会社が同じ場所に集積し始めます。

 それでは、まず「エール」が描く昭和初期を見ていきましょう。

 モデルの古関裕而が専属契約を結んだのは、日本コロムビアです。同社の前身は、1910(明治43)年にアメリカ人のF.W.ホーンが銀座に設立した日米蓄音器商会(後の日本蓄音器商会)です。それに先だち、ホーンは1907(明治40)年に日米蓄音機製造を川崎に創業しています。

港区虎ノ門にある、現在の日本コロムビアの外観(画像:(C)Google)

 日米蓄音機製造は蓄音機の製造、販売が当初の目的だったようですが、やがて後のレコード会社に見られるように、ハード(家電)とソフト(レコード)の両輪を主な事業としていきます。

戦前に黄金時代を迎えた日本コロムビア

 2代目社長に就任したJ.R.ゲアリーは企業の合併・買収(M&A)を積極的に手掛け、日本蓄音器商会は戦前を代表するレコード会社となっていきます。

円盤型蓄音機のイメージ(画像:写真AC)

 日本蓄音器商会は1928(昭和3)年、日本コロムビアに社名を改称。前年にゲアリーは株を英国コロムビアと米国コロムビアに売却したため、同社は外資系企業になっていました。そんな日本コロムビアと古関が専属契約を結んだのは、1930(昭和5)年のことでした。

 当時日本ビクターは作曲家の中山晋平、佐々紅華(さっさ こうか)、作詞家・時雨音羽(しぐれ おとは)、西條八十(さいじょう やそ)などの専属作家を擁し、流行歌を独走していました。1931年には古賀政男と、1936年には服部良一と専属契約を結びます。西條も1932年に移籍、日本コロムビアの戦前の黄金時代が始まります。

 一方、ライバルの日本ビクターは日活など映画会社とのタイアップで対抗します。しかし平穏な時代もわずか、日本は戦争に突き進んでいくことに。外資企業だった両社はその後、鮎川義介率いる日本産業に組み込まれ、東京電機(現・東芝)に売却されます。

レコード会社とメディアの近接性


【画像】ファンから「ずっと待ってました」の声 鉄男と主人公・裕一の熱演を見る

画像ギャラリー

/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_06-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_07-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_01-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_02-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_03-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_04-150x150.jpg
/wp-content/uploads/2020/04/200421_yell_05-150x150.jpg

New Article

新着記事

Weekly Ranking

ランキング

  • 知る!
    TOKYO
  • お出かけ
  • ライフ
  • オリジナル
    漫画