自撮りのルーツ「プリクラ」はなぜ渋谷に大行列を生んだのか

1995年に登場し、現在でも女子高生・女子大生のコミュニケーションツールとなっている「プリクラ」。その歴史について、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


当初は見向きもされなかった

 アトラスは、現在ではセガサミーグループの一角を担い、2019年にリリースしたゲーム『十三機兵防衛圏(じゅうさんきへいぼうえいけん)』が話題の大手ゲームメーカーですが、当時は創業10年足らずの若い会社でした。

 その若さゆえの勢いなのか、佐々木さんの案はすぐに採用され、1年後には業界展示会に出品。ここで得た意見を踏まえ、セガ・エンタープライゼス (現セガゲームス)との共同開発で、製品が完成しました。

 1台・122万5000円の構造は、三菱電機の監視用小型電荷結合素子(CCD)カメラを使用し撮影、ソニー製のビデオプリンターで印刷するというものです。リリースされた筐体(きょうたい。機器類を収める箱形の容器)は、セガの運営するゲームセンターなどに早速設置されました。

「きっと若い女性たちにウケるに違いない」と、リリース時には渋谷の商業施設「SHIBUYA109」(渋谷区道玄坂)でイベントも開催しますが、まったくといっていいほど見向きもされませんでした。

「SHIBUYA109」の外観(画像:写真AC)

 当時のゲームセンターの主力ユーザーは男性でした。当時のゲームセンターは、男性が集まって対戦格闘ゲームに夢中になったり、地域によっては不良のたまり場になったりしていた時代です。女性たちがプリクラを知ることも難しく、このまま消えていくかと思われていたのです。

ブレークは「愛ラブSMAP!」

 ところがここで、一気に知名度が上がる出来事が起きます。

 テレビ東京で当時放送されていた「愛ラブSMAP!」が1996年、SMAPメンバーのプリクラをプレゼントする企画を実施したのです。

 その反響は絶大でした。

 テレビ局にはプリクラを欲しがるファンの女性たちからハガキがどんどん届きました。そしてアトラスには、プリクラを設置したい業者や設置場所を尋ねる人などから電話が殺到しました。

シェアする文化も生まれた


【イマドキのプリクラ事情】なぜ若者はスマホ時代に“400円”のプリクラを撮るのか?

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