建築鑑賞だけじゃもったいない 東京駅をさらに楽しむ鍵は「石」だった

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建築鑑賞だけじゃもったいない 東京駅をさらに楽しむ鍵は「石」だった

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西本昌司

愛知大学教授

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あまりにも身近な存在ゆえ、なかなか注目することのない「石」。そんな石の魅力について、『東京「街角」地質学』著者で愛知大学教授の西本昌司さんが解説します。

東京は魅力的な石であふれている

「東京は石であふれています」

 そんなことを言うと、「どこに石があるの?」と聞かれてしまいそうです。しかし気にしてみれば、足元にも、壁にも、石がたくさん使われていることに気づくでしょう。

 例えば、東京の玄関口である東京駅。2012年、日本近代建築の父・辰野金吾の設計による丸の内駅舎が1914(大正3)年の完成当時の姿に復元され、多くの人の目を楽しませています。

東京駅丸の内駅舎全景(画像:西本昌司)



「赤レンガ造り」なんて呼ばれているので思わずレンガに目が行きがちですが、私からすれば、見どころはレンガよりも石です。黒い石葺(ぶ)きの屋根や、窓枠や横の白いラインなどにたくさんの石が使われているのです。

 それでは早速、石に注目して東京駅丸の内駅舎を見ていきましょう。

丸の内駅舎の屋根に輝く「東北復興の象徴」

 黒い屋根材は、宮城県石巻市雄勝町産の「雄勝石(玄昌石)」と呼ばれる石材です。

 雄勝石はおよそ2億6000万年前(古生代ペルム紀中期)の粘板岩(スレート)という岩石で、もともとは海底に積もった泥が固まったものです。薄い板状に割れやすいので、近代建築物の屋根材としてよく使われており、北海道庁旧本庁舎や京都府庁旧本館の屋根材も雄勝石です。

東京駅丸の内駅舎屋根のクローズアップ(画像:西本昌司)

 実はこの雄勝石、丸の内駅舎の屋根に使われていること自体が奇跡的なのです。どういうことかというと、雄勝石が大津波に襲われるという大ピンチがかつてあったからです。

 2011年、丸の内駅舎復元のために準備・保管されていた6万枚以上の雄勝石が出荷前に東日本大震災の大津波で流されました。そのため、やむを得ず代わりにスペイン産の粘板岩を使うことになりかけました。

 しかし雄勝の人たちは諦めることなく、2週間をかけて約4万5000枚もの雄勝石を回収したそうです。街全体が津波に飲みこまれるという悲劇の中で、流されたスレートを探し出し、洗浄して出荷したのですから、どれほどの思いが込められているのか分かるでしょう。

 今、丸の内駅舎の屋根を飾っているのは、単なる駅舎の復元というだけでなく「東北復興の象徴」でもあるわけです。

瀬戸内海から運ばれた「北木石」

 壁の白い部分は花こう岩で、数千万年前の地下深くにあったマグマが固まってできた岩石です。石材としては「御影石」と呼ばれ、丸の内駅舎の外壁には、もともと2タイプの御影石が使われていました。

 ひとつは、腰壁と中央玄関に使われている岡山県笠岡市北木島産「北木石(きたぎいし)」で、もうひとつは、柱や窓枠などに使われている茨城県笠間市稲田産の「稲田石」です。

丸の内北口の壁の北木石(画像:西本昌司)



 北木石が使われている建築物には、日本銀行本店本館(中央区日本橋本石町、1890年)や明治生命館(千代田区丸の内、1908年)などがあり、東京の近代化を支えた石だと言えるでしょう。東京の近くで花こう岩が採れないため、わざわざ瀬戸内海から船で運ばれてきたのです。

上野と稲田を結んだ鉄道

 稲田石が使われている建築物には、三井本館(中央区日本橋室町、1929年)や連合国軍総司令部(GHQ)となった旧第一生命館(現DNタワー21。千代田区有楽町、1938年)などがあります。

 北木石よりも後に造られた建物に使われているのは、1897(明治30)年に稲田に貨物駅が造られ、上野と鉄道で結ばれてから以降、東京に運び込まれるようになったからです。稲田石は、少しずつ東京でポピュラーな石材となったようで、今では、駅の階段や歩道の敷石などとして、北木石よりも多く見かけます。丸の内駅舎前にある広場の白い敷石も稲田石です。

丸の内駅前の稲田石(画像:西本昌司)

 現在の丸の内駅舎では、別の石材やコンクリートで修復されている部分もありますが、北木石と稲田石の両方が当時のまま残されています。もう少し後に建設していたら、稲田石だけしか使われなったかもしれません。

ドームの天井を大理石でデザイン

 さて、今度は丸の内駅舎の中を見てみましょう。ドームの内部には、創建当時の意匠を忠実に再現したという見事な天井があり、今や、観光スポットになっています。

 足早に通り過ぎてしまうスーツ姿の人の流れを避けつつ、天井を見上げている人が多いのですが、見るべきは上だけではありません。下に、石でつくられた幾何学模様のフロアが広がっています。

 復元前まであった戦後につくられていたドームの天井を、大理石でデザイン化したものだそうです。なかなか粋な石貼りの床ではありませんか。

2階から見た丸の内南口の石材モザイク(画像:西本昌司)



 実は、この床のデザインに使われている大理石。北口と南口、ともに4種類ずつありますが、種類は違います。丸の内北口の床には、ウミユリの化石も入っていますので、邪魔にならないよう気をつけて、チェックしてみてください。

 さらに視線を上げてまわりを見渡せば、落ち着いた雰囲気に磨き上げられた美しい壁が広がっています。この壁の石材も北口と南口で違いますので、見比べるのも面白いのではないでしょうか。全部紹介していたらキリがないので、ひとつだけで紹介しておきましょう。

南口の改札そばにある日本で見られない岩石

 南口の改札そばの黒っぽい柱をご覧ください。まるでモルフォチョウのように青く輝いています。

 この輝きは「光の干渉」という現象によるもので、結晶の中にある膜(ラメラ)に光が反射して起こります。ひょっとすると人工物だと思われているかもしれませんが、自然の石を磨いたものです。

 ノルウェー産のラルビカイトという岩石のひとつで、約2億9000万年前の大地の裂け目に生じたマグマが固まってできた、日本では見られないタイプの岩石です。石材としては「エメラルドパール」という宝石のような名前で呼ばれています。

丸の内南口改札近くのエメラルドパール(画像:西本昌司)

 このように、丸の内駅舎を少し見て歩くだけで、いろいろな石に出会えます。東京駅全体、ましてや、東京の街の中となれば、あちこちに多種多様な石が使われており、その美しさ・多様さに気付かされます。

 なぜこの石が選ばれたのか、どこでどのようにしてできた石なのか。そんなことを考えながら、石を見て歩けば、街の景色が変わって見えてきます。散歩のついでに石にも目を向けてはいかがでしょうか。

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