【後編】新型コロナ禍の首相会見 「記者クラブ」は正しく機能しているのか

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【後編】新型コロナ禍の首相会見 「記者クラブ」は正しく機能しているのか

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小川裕夫

フリーランスライター

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新型コロナウイルス感染拡大により、目にする機会が増えた安倍首相による記者会見。その首相に対して質問を向ける「内閣記者会」のあり方について問い直す機会ともなりました。官邸取材の長いフリーランスライター小川裕夫さんがリポートします。

記者の質問は、あらかじめ官邸に伝えられていた

 内閣記者会(首相官邸に常駐する新聞・テレビ・通信社などの記者らでつくる記者クラブ)と首相とは、長らくなれ合いの関係にあると指摘されてきましたが、確固たる証拠がないために、その「蜜月」は公然の秘密として語られてきました。

 しかし、記者の質問する内容が、記者クラブを通じて首相官邸側にあらかじめ伝えられていたことが、最近になって判明したのです。

 記者から質問を事前に知っていれば、首相は答弁内容を事前に用意することができます。つまり、首相会見は作成した原稿を読み上げるだけの場になっていたのです。

 入試に例えれば、事前に正解を教えてもらっていたということになります。入試なら、不正によって合格取り消しの措置で終わりますが、国家・政権運営はそれだけでは済まされません。

2020年4月7日の記者会見は、コロナ対応のために官邸会見室ではなく大ホールで実施。安倍首相もマスク姿で登場(画像:小川裕夫)



 首相会見を見た国民は、そこから首相が何を考え、どういった政策を進めようとしているのかを知ることになります。国民の知る権利を果たす最大の場なのです。首相会見は単なる儀式ではありません。

 内閣記者会と首相の「茶番劇」が判明したのは、2020年3月2日(月)の参議院予算委員会のことでした。この日、質問に立った蓮舫参議院議員が首相会見の質問についてただしています。

 2日前の2月29日(土)、安倍晋三首相は記者会見を実施。新型コロナウイルスへの対応や、自身の考えを述べました。その後、内閣記者会の記者たちからの質問にも回答しています。

「次の予定がある」打ち切られた会見

 新型コロナウイルスという未知なる病気との戦いには、国民の誰もが不安を抱えています。あれこれ聞きたいというのが当然です。首相は、政府はどういう対応をしているのか? 知りたいこと、聞きたいことは山ほどあります。

 そのため、2月29日の記者会見では、その場にいた記者たちから質問を求める挙手が相次ぎました。

 しかし、首相会見は40分足らずで強制的に終了。冒頭の首相発言を含めると、記者たちの質問時間はごくわずかしかありませんでした。そのうちの半分は首相の答弁に充てられるわけですから、質問できる時間は実質的にその半分に限られます。

 こんな短時間では、満足の行く質問はできません。それにも関わらず、「次の予定がある」という理由で首相会見は打ち切られました。

 会見を終えた首相は壇上から降り、会見室から退出します。その際、挙手をしていながらも質問することができなかったジャーナリストの江川紹子さんが「まだ、質問があります」と食い下がりました。

官邸会見室での会見を終えて、退出準備を始める安倍首相。手にした原稿には付箋が貼ってあり、事前に質問を知り、答えを準備していたことがうかがえる(画像:小川裕夫)



 しかし、江川さんの声は会見室にむなしく響くばかりで、安倍首相はそのまま退出しています。

 新聞各紙が伝えた首相動静によると、安倍首相のその後の予定は特になく、「私邸へと帰り、来客もなく過ごした」となっています。首相会見を強制的に終了する必然性はなく、時間的にも首相会見の延長は十分に可能だったのです。

 こうした消化不良が、2日後の国会でも取り上げられたのです。蓮舫議員の質問に対して、安倍晋三首相は「いつも総理会見においては、ある程度のやり取りについて、あらかじめ質問をいただいているところでございますが、その中で、誰にお答えさせていただくかということについては、司会を務める広報官のほうで、責任を持って対応しているところであります」と答弁。

 安倍首相の答弁は、首相と内閣記者会とが事前にやり取りした結果の内容であることを暴露するものでした。これまでは公然の秘密だった内閣記者会と首相の「茶番劇」を認めてしまったのです。

少しずつ是正された「なれ合い」

 内閣記者会と首相の「茶番劇」は、国民から大きな反感を買いました。国民の知る権利に応えるべく開かれていた首相会見は、事前に打ち合わせされた内容を読み上げる、単なるショーであると言われたのに等しいからです。

 これでは、首相の危機対応能力にも疑問がついてしまいますし、国民の知る権利の代行者として内閣記者会に与えられていた特権も無意味になってしまいます。

 首相会見をめぐる一連の流れから、官邸側も内閣記者会も「事前に質問を通告しない」という従来のルールを守るような機運が高まりました。

 また、それまでの首相会見は特定の記者しか指名されず、多くの記者が質問できない状態になっていましたが、3月に入って以降の首相会見では、状況は少しずつ改善する傾向が見られます。

 それまでのなれ合いを排し、いろいろな記者が質問の機会を得ているからです。また、官邸側から「そろそろ時間です」と終了の合図が出されても、記者側が粘るようになりました。終了の合図から、追加で数問の質問が認められる「延長戦」も見られます。

官邸会見室の後方に設置されている時計。この時計があるため、首相が時間配分を意識できるようになっている(画像:小川裕夫)



 首相会見は、官邸会見室という大きな部屋で開催されます。官邸会見室には、記事を書く「ペン記者」の席だけで300近く用意されています。ペン記者は、挙手して質問する権利を有しますが、会見時に席から写真を撮ることはできません。

 一方、「カメラ記者」は写真を撮ることはできますが、質問する権限を与えられていません。私はカメラ記者として首相会見に参加をしている記者のひとりですが、フリーランスのカメラマンは私ひとりしかいません。そのほかのカメラ記者は、すべて新聞社・通信社・雑誌社・インターネットニュース社といった社員記者です。

それは、記者個人に与えられるものではない

 2020年4月7日(火)、緊急事態宣言の発令を表明するための記者会見は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、いつもの官邸会見室ではなく官邸大ホールという場所で実施されました。

 記者席同士の間隔を約2m開けた「ソーシャルディスタンシング」の状態が取られ、その影響により席の数が限られ、会見に参加できる記者の数は減らされました。

 本来なら申し込みをすれば自由に参加できる首相会見ですが、今回は抽選制となり、多数の記者が選から漏れました。

 抽選制といっても、その場でクジを引くわけではありません。官邸報道室という部署が「厳正なる抽選で決めている」だけです。その抽選の様子は公開されておらず、本当に「厳正なる抽選」で決めているのかは怪しいところです。

 官邸にとって目障りな記者、耳障りな記者、口うるさい記者を排除するための口実として使われている可能性が否定できないからです。こうした状態が続けば、国民の知る権利が脅かされる危険性があります。

2020年4月7日の首相会見。ソーシャルディスタンシングを意識して、記者席の間隔が空けられている(画像:小川裕夫)



 2月29日の会見の反省もあり、3月、4月の会見は首相と記者たちのガチンコバトルに近い形へと変化しています。ガチンコの記者会見は首相と記者の間に緊張感を生み、首相にとっては下手な答弁はできなくなります。逆に、記者側も稚拙な質問はできなくなります。

 厳しいシチュエーションで行われる記者会見は、国民の「知る権利」に応えるものです。首相会見で得られる情報は、記者のものではありません。国民の財産です。

 官邸内に常駐する内閣記者会は権力と距離的に近いため、知らず知らずのうちに権力者と一体化してしまうことも珍しくなく、ゆえに国民目線を忘れてしまうことも起こり得ます。それだけに、記者と首相による「出来レース」は国民を愚弄(ぐろう)する行為といえます。記者会見は、国民の利益に資するものでなければならないのです。

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