【前編】新型コロナ禍の首相会見 「記者クラブ」は正しく機能しているのか

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【前編】新型コロナ禍の首相会見 「記者クラブ」は正しく機能しているのか

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小川裕夫

フリーランスライター

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新型コロナウイルス感染拡大により、頻繁に目にするようになった安倍首相による記者会見。そもそも官邸での首相会見とはどのようなものなのか、官邸取材の長いフリーランスライター小川裕夫さんがリポートします。

首相自ら会見で情報発信する意義

 2020年4月7日(火)、安倍晋三首相は緊急事態宣言をすると記者会見で表明、翌8日0時に発令されました。緊急事態宣言が発令される前から、都内の繁華街は人通りが少なくなっていましたが、発令後はさらに人の気配が薄らいでいます。

 緊急事態宣言を発令するまでに至った新型コロナウイルス禍は、今のところ終息する見込みが立っていません。先の見えない新型コロナウイルス禍は、国民は経済的にも健康面でも不安に陥れています。そうした精神的なストレスを抱えながら、国民は毎日を過ごしています。

 そうした不安を鎮める処方箋のひとつが、政府による適切な情報公開です。

 有事の際、誤った情報や悪意に満ちたデマは多く飛び交います。また、そのときは正しい判断のもとに提供された最新の情報が、時間の経過とともに内容が古くなり、役に立たなくなったり逆に不利益になったりします。私たちが行動を起こす際、情報は非常に大切なものなのです。

通常時の首相会見の様子。記者席に並ぶペン記者。最前列が内閣記者会の記者たち(画像:小川裕夫)



 日本国内での感染拡大が表面化・深刻化した2月以降、安倍晋三首相は頻繁に記者会見を実施するようになりました。情報社会の昨今にあっても、最も多くの情報を握るのは当然ながら政府の中枢。国内で最も情報を有する機関、そして何より最も国民生活に影響を及ぼす情報を発信する役割を担う機関、それが政府です。

 政府が情報を発信する場のなかで最も重要な意味を持つのが、首相官邸(千代田区永田町)で行われる、首相による記者会見です。

事前に用意した原稿を読み上げる「首相発言」

 多忙を極める一国の首相ですから、毎日のように記者会見を開くわけにはいきません。それでも「囲み取材」という簡易な場で政策方針を述べることもあります。

 ただし、囲み取材は会見ではなく、一方的に首相側の主張を伝える場です。質問なども可能ではありますが、短時間ゆえに記者からの質問は大幅に制限されます。

 そのため、時間を要する説明、込み入った政策に関しては記者会見という正式な場を設けて説明する必要があるのです。

 官邸で開催される首相の記者会見は、明文化されてはいないものの、長い慣習のなかではぐくまれたルールがいくつかあります。明文化されていないこと、そうしたルールが一般的に表に出ることがない、セキュリティー上の問題から出してはいけないこともあるため、新聞やテレビの報道を通してもその内情の全てをうかがい知ることはできません。

 そうした謎めいた部分が多いのですが、ここで簡単に首相会見のルールを説明していきます。

2020年4月7日に開かれた、官邸大ホールでの首相会見。左手は、スチール・ムービーのカメラマンの一団(画像:小川裕夫)



 首相会見のルールは、あくまでも通常時の内容で、TPOに合わせて細かな変化はあります。また、首相や官房長官、官邸の都合などによってもかすかな変化はあります。それでも、大筋のルールを知っておくことで、官邸会見を見る目は大きく変わることでしょう。首相会見の見方が変われば、首相の言動にも関心が高まり、それが政策への興味にもつながるはずです。

 官邸での首相会見は、まず冒頭に安倍晋三首相からの「発言」があります。これは、おおよそ20分から30分間程度の内容で、政府が直面している政策課題、そのために何が必要なのか? どういった取り組みをしているのかを伝えます。

 首相の発言は、事前に用意された原稿があるので、それを首相が読み上げる形式が取られています。

 首相の「発言」後、記者たちの質問に移ります。

会見の流れをリードする「幹事社」の役割

 最近ではインターネットでも生中継をするようになった首相の記者会見ですが、NHKでも同じように生中継をしています。そうした光景を一度は目にしたことがある人もいるでしょう。

 首相の記者会見では、官邸内に常駐する新聞社・テレビ局で組織される「内閣記者会」が質問します。

 内閣記者会は、一般的に記者クラブと呼ばれる組織です。

 記者クラブは、首相官邸のみならず外務省・財務省・厚生労働省・総務省・警察庁といった各省庁すべてにあります。もちろん、中央省庁だけではなく、都庁や県庁、市役所・警察署にもあります。それどころか、トヨタ自動車、東京電力、JR東海……といった大手企業にもあります。鉄鋼・電機・銀行といったように業種で記者クラブが設置されている場合もあります。

 そうしたあまたある記者クラブの頂点ともいうべき存在が、官邸内にある内閣記者会といえます。

 内閣記者会は、まさに首相の動向を伝える役割を果たしていますが、内閣記者会が伝える首相の動向は国民の知る権利に基づいたものです。いわば、国民の知る権利を代行するのが記者クラブの役割のひとつといえます。

官邸会見室での記者会見の様子。右手に座っているのは官邸職員。右手の、一段高い部分には各社のカメラマンがスタンバイしている(画像:小川裕夫)



 内閣記者会からの質問は、最初に幹事社の代表質問でスタートします。幹事社とは、内閣記者会を構成する新聞社・テレビ局などが各社持ち回りで担当している当番のような立場です。

 幹事社は官邸報道室などとの日程・時間調整、記者会見を円滑にするための進行役、できるだけ各社が同じ内容の質問をしないように代表質問をまとめる、といった役割を果たしています。そのつど発生する面倒な雑務も幹事社がこなしています。幹事社は記者会見における縁の下の力持ち的なポジションです。

国民の知る権利を付託されたはずの記者クラブ

 幹事社の質問後、各社の記者が挙手をし、内閣広報官が質問者を指名する、といった流れで記者会見は進んでいきます。

 本来、首相官邸における記者会見は首相の真意・本意を探ろうとして、記者たちが鋭い視点から、また時に厳しい観点からの質問が飛ぶ場でした。首相が対応・発言を間違えたことで「失言」とされ、それが内閣の支持率を低下させることにつながった例もあります。

 いわば、記者会見は記者と政治家の「ガチンコバトル」の場でもあったのです。「あったのです」、と過去形で表現しているのは、最近の会見が政治家と記者の真剣勝負の場ではなくなっているからです。特に、首相会見においては内閣記者会と首相とのなれ合いが露骨になっています。

 内閣記者会と首相とのなれ合いは、以前から指摘されていることで特に目新しい話ではありません。内閣記者会が常駐する官邸は、当然のことながら税金で建てられており、建物内部には広大な記者クラブ室も用意されています。

 また、官邸内には容易に入館できませんが、内閣記者会に所属している記者・カメラマンには入館証が交付されているため、記者証を提示すればすんなりと入館できる仕組みになっています。

 ただそれは、あくまでも内閣記者会が国民の知る権利を果たす代行機関であるために与えられた特権です。内閣記者会の記者が立派だから、優秀だから与えられた特権ではありません。

官邸会見室で実施される従来の会見の様子。安倍首相の左側に立つ男性は、手話通訳者で、2011年の東日本大震災を機に枝野幸男官房長官(当時)が導入(画像:小川裕夫)



 そうした国民の知る権利を果たすための代行者たる内閣記者会ですから、首相とのなれ合いに記者会見は「国民を裏切る行為」でもあるのです。

※ ※ ※

 国民の知る権利にこたえるべき首相会見。しかし、フリーランスの記者たちの質問に答えず会場を後にした2020年2月29日(土)の会見をめぐって、安倍首相は世間の批判を浴びることになります。

 新型コロナウイルス禍によって見えてきた、首相・官邸と記者クラブの「蜜月」とは。首相会見はその後どのような運用へと変わっていったのか。引き続き「後編」で現場の様子をリポートします。

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