新宿の雑居ビルに突如現れ、やがて立ち去る「旅するスパイスカレー屋」を訪ねて

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新宿の雑居ビルに突如現れ、やがて立ち去る「旅するスパイスカレー屋」を訪ねて

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特定の店舗を構えず、旅するように各地を転々とするというコンセプトのスパイスカレー店が新宿にオープンしました。

旅人のように移動を続ける不思議なカレー店

「『旅すること』とスパイスカレーは、どこか似ている気がしませんか」――

 そう投げ掛けられた問いの意味を量りかねて、最初少し考え込んでしまいました。旅とカレーの共通点? それはいったい、どのようなものでしょう。

スパイスカレー店「チキュウ マサラ」。古めかしい木戸の向こうには、数席のカウンターと小さなキッチンがある店内(2020年3月24日、遠藤綾乃撮影)



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 ここは東京メトロ新宿三丁目駅からほど近い、小さなスパイスカレー店。2020年3月下旬、靖国(やすくに)通りと新宿柳通りがぶつかる「新宿五丁目東」交差点にある雑居ビル2階に、「チキュウ マサラ」(新宿区新宿)は突如オープンしました。

 年季の入ったタイル張りの外階段を上り、手前から2軒め、会員制バーのような木製扉を引いて開けると、中はスツール数脚が並ぶカウンターとキッチンだけのシンプルな店内。「ようこそ、いらっしゃいませ」と気さくに迎えてくれたのが、このお店のメニューとコンセプトを考案するエドワードヘイムスさんです。

インドのスパイスに魅せられて

 日本に生まれ、18歳でアメリカ・サンフランシスコへ渡り、当時のヒッピー文化に大きな影響を受けたと話すエドワードさん。ミュージシャンやイラストレーター、レストランのシェフ、編集者などさまざまな職業を経験したのち、フォトグラファーとしてカメラひとつを携え、世界中の国や地域を飛び回りました。

「とりわけ印象的だった国のひとつがインドです。私はもともと薬草が好きで、アメリカでハーバリスト(ハーブの専門家)の博士号を取りたいと思っていたくらい。中でもスパイスへの興味はとても強くて、仕事でインドへ行くたびに現地のスパイスマーケットを何度も訪ねたり、一般的な家庭でごちそうになったり、とにかくたくさんのスパイスカレーを食べて歩きました」

ポークリブカレーとうまみ野菜カレーの「スペシャルコンボカレー」(2020年3月24日、遠藤綾乃撮影)



 インドの家庭にはスパイスが何種類もストックされていて、ガラムマサラ(インド料理に使われるミックススパイス)ひとつ取っても、それぞれの家庭で味が違うといいます。

「そのときどきの気候や体調に合わせて調合する種類や量を変えるのは当たり前。それくらいスパイスはインドで生活や健康に密接した大切な存在なのです」(エドワードさん)

 すっかりスパイスに魅了されたエドワードさんが、今こうして自身でスパイスカレー店を監修するようになるまで、いくつかの曲折がありました。そのひとつが、前衛的な書道家として知られる武田双雲さんとの出会いです。

新宿から日本各地へ、そしていずれは世界へ

 数年前、家族とともにアメリカから十数年ぶりの日本への帰国する飛行機の機内誌で、エドワードさんと彼の妻は書道家・武田双雲さんの存在を知ります。

 作品に感銘を受け、妻が持つ神奈川県・葉山町のギャラリーで武田さんの個展をプロデュース。そのことをきっかけに、アメリカでのプライベートな旅程を共にするほど武田さんとの親交を深めていきます。

 ふたりの結びつきをいっそう深いものにしたのは、それぞれの食に対する考え方。有機栽培の食材を使った飲食店を開きたいと考えていた武田さんをエドワードさんがサポートする形で、2016年12月、神奈川県藤沢市の鵠沼海岸に第1号店となるカフェレストランをオープンさせました。

 2018年6月には東京メトロ浅草駅近くにみそ汁専門店「MISOJYU(ミソジュウ)」をオープンさせ、和食好きや外国人観光客からの注目を集めます。次なる展開を模索するなか、満を持して挑戦したのが大好きなスパイスを扱う今回の「チキュウ マサラ」でした。

 しかも、ただのカレー店ではありません。次々と店舗の場所を変えて営業を続ける「旅する」スパイスカレー店です。

旅するスパイスカレー店「チキュウ マサラ」のコンセプトやメニューを考案しているエドワードさん(2020年3月24日、遠藤綾乃撮影)



「若い頃から旅が好きだったからでしょうか。どうも、ひとつの場所にじっととどまっていられない性格なんです。それならいっそ、お店自体が旅するように移動を続けるスタイルにしてみたらいいんじゃないかと思いつきました。まずはここ新宿からスタートして、日本各地のいろいろな地方を回って、いずれは海外へ……。そう考えると、旅とスパイスカレーってすごく相性がいいんだということにも気がついたのです」

地産地消のオリジナルカレーを作りたい

 エドワードさんがあらためて感じた、スパイスカレーと旅の親和性とは。

「スパイスさえ持って出れば、どこへ行ってもスパイスカレーは作れる。これはとても魅力的なことだと思いませんか。その土地その土地で採れた野菜や魚を使った地産地消のオリジナルスパイスカレーを提供したいと構想しています。特定の店舗を持つのではなく、季節ごとの収穫祭や感謝祭に参加してスパイスカレーを振る舞うイメージです」

 スパイスカレーとは、どんな食材も「具材」として受け入れて包み込み、同じカレーでありながら味も見た目もさまざまに変化する料理。そして違う料理のようでありながら、どれも同じカレーでもあるという、どこか哲学的な顔をした料理。

「そう考えると旅によく合う料理だと思うし、なんだか旅そのものとも似ているように感じます。ひとつの大きな鍋を皆で囲んでルーをお皿につぐというしぐさも、旅に似合う。私がスパイスカレーを好きなのは、そういうところにも理由があるのかもしれません」

手前から2番目の扉が「チキュウ マサラ」。いつまでこの場所にあるかはエドワードさん自身にも「分からない」(2020年3月24日、遠藤綾乃撮影)



「チキュウ マサラ」のメニューは、ポークリブカレーとうまみ野菜カレー(税込み1500円)と、週替わりのカレー(2020年3月24日現在はキーマカレー、1200円)の2種類。複数のスパイスを混ぜ合わせて作られた、辛過ぎず奥行きのある味わいが特長です。

 営業日時は当面、月曜から水曜の12時開店。30食限定で、だいたい14時半ごろでラストオーダーにするという、ゆったりしたスタイルだそう。

 突然現れ、いつの間にか去っていく不思議なスパイスカレー店と、一期一会的でありながら同時に普遍性も内包したエドワードさんのひと皿。都会の一角にいながら旅先での出会いにも似た感慨に浸りつつ、スパイスの香りを楽しんでみるのはいかがでしょうか。

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