1月オープン 京橋のアーティゾン美術館が「予約制」にこだわり抜いたワケ

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1月オープン 京橋のアーティゾン美術館が「予約制」にこだわり抜いたワケ

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松崎未來

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ブリヂストン美術館は建物の建て替えを経て2020年1月、アーティゾン美術館として新たに開館しました。同館の魅力について、ライターの松崎未來さんが解説します。

旧ブリヂストン美術館から名称新たに

 世界的タイヤメーカーのブリヂストン(中央区京橋)の創業者・石橋正二郎(1889~1976)が、希代の美術コレクターだったことはご存じでしょうか。正二郎は30代後半から同時代の洋画家たちの作品を購入し、やがて古今東西の美術品を収集していきます。そして戦後間もない1952(昭和27)年1月、自身のコレクションを一般に公開すべく、東京・京橋の本社ビル2階に、ブリヂストン美術館を開館しました。

 1956年には美術館の運営管理を担う石橋財団が設立され、正二郎のコレクションの大半は財団に寄付されました。芸術作品を私物化することなく、文化の向上に寄与したいと願っていた正二郎の偉業は、このブリヂストン美術館の開館に止まりません。

 同年にイタリアで開催された現代美術の国際展「ヴェネチア・ビエンナーレ」では、日本政府の資金難を見かね、日本館を建設し寄贈。さらに1969(昭和44)年には私財を投じて東京国立近代美術館(千代田区北の丸公園)の建物を建設し、国に寄贈しました。

 正二郎亡き後も、ブリヂストン美術館はピカソやルノワールの名作を購入してコレクションをさらに充実させ、33万人を動員した話題の企画展「ルノワール展」(2001年)を開催するなど、日本における芸術文化の普及に貢献してきました。

アーティゾン美術館の外観部分(画像:石橋財団)



 そして2015年の春、ビルの建て替えに伴う工事のため休館して、およそ5年。「アーティゾン美術館」(中央区京橋)と名称を改め、2020年1月に開館しました。

開館記念展は古代から現代までの名品が並ぶ

 開館記念展「見えてくる光景 コレクションの現在地」(2020年1月18日~3月31日〈予定〉)は、古代から現代まで、同館のコレクションの中から名品ばかりをセレクトした盛り沢山の内容に。

開館記念展「見えてくる光景 コレクションの現在地」のウェブサイト(画像:石橋財団)

 モネやルノアール、セザンヌといった巨匠たちの名品から、紀元前の石彫、近世日本のびょうぶまでが、「アートをひろげる」「アートをさぐる」というふたつの章立てで、シックな展示空間3フロアに展開しました。

日本ではマイナーな「日時指定予約制」

 オープンの際、SNSなどを中心に話題になったのが、アーティゾン美術館の「日時指定予約制」の導入です。

 同館は来館前に、公式サイトから希望日時(各開館日の 10時、12時、14時、16時、18時〈祝日を除く金曜日のみ〉)を指定し、予約チケットをオンライン決済で購入します。予約チケットが完売していない場合のみ、美術館窓口でも当日券を購入可能です。

 美術館の日時指定予約制は、三鷹の森ジブリ美術館(2001年開館)などの先例があるものの、日本ではまだマイナー。一定の人数でゆったりと芸術鑑賞ができるようになることは、来館者としては非常にうれしいことですが、一方、東京駅歩5分で隙間時間にふらりと立ち寄ることができる好立地が魅力の同館ゆえ、敷居を上げてしまうことにはならないのでしょうか。

アーティゾン美術館のウェブ予約チケット購入サイト(画像:石橋財団)



 先日、筆者も予約チケットを購入し、話題のアーティゾン美術館に行ってきました。

 これまでの日本の美術館と言えば、撮影禁止、音のなる機器は電源OFFがお約束です。会場内で携帯電話やスマートフォンを手に持っていると、それだけで監視員の方の視線を感じたものでした。

 ところがアーティゾン美術館は、スマートフォンで予約チケットを提示。スマートフォンにダウンロードした美術館公式アプリで無料音声ガイドの作品解説が聞けて、展示作品は個人利用であれば撮影可能なのです(一部作品をのぞく)。むしろ美術館に入るその瞬間から、一時たりともスマートフォンが手放せません。

一方、デジタルデバイドの懸念も

 しかし、これは高齢者層が多い美術館において、デジタルデバイド(情報通信技術を利用できる人とできない人の間に生まれる格差のこと)を生んでいるのでは……。

 実際、会場入り口でWi-Fiの接続やアプリのダウンロードに苦戦する人、イヤホンを持参していないため、音量を気にしながらスマートフォンを耳に当てて鑑賞する人、その様子を不思議そうに眺めている人も(おそらくアプリの存在に気付いていないのでしょう))。

 会場には親切なサポートスタッフがいますが、皆さん、なんとなく遠慮して聞けずじまいの様子です。

アーティゾン美術館の4~6階の展示室(画像:石橋財団)



 オンライン予約や電子チケット、展示作品の撮影許可、アプリでの作品解説の提供――これらはアーティゾン美術館以外にも、いくつかの文化施設で従来のスタイルと並走するかたちで既に試みられています。いずれ日本でも、美術館のスタンダードになっていくでしょう。

 しかし、ここまで明快にデジタルデバイスありきの鑑賞スタイルを提示したのは、アーティゾン美術館が先駆だと言って差し支えないでしょう。

美術館に入れないことはあるの?

 開館から3か月、新しい美術館のシステム、来館者からの反響や今後の課題について、広報課に話を聞きました。

 まず気になるのが、日時指定予約制について。会期中、予約が取れない日時や当日券が無い日はあったのでしょうか。同館によると、取材時点(3月13日)では、そのような日は無かったとのこと。「快適な鑑賞環境をご提供でき、なおかつ予約が取りづらいことがないよう考慮して」いるそうです。

「日時指定予約制は、チケット購入や入館のために長時間並んだり、会場内で他のお客さまの肩越しにしか作品を見られない、というような状況を避けたり、快適な鑑賞環境をご提供したいと考え、検討を重ねて導入しました」(アーティゾン美術館広報課)

 たしかに人気の展覧会は、入場1時間待ちのようなことも多く、会場に入ってからも自分のペースでゆっくり鑑賞できません。美術鑑賞で心身ともにリフレッシュするどころか、むしろクタクタで帰宅なんていう本末転倒なことも。作品とじっくり向き合える「ゆとりのある環境」を提供することも、美術館の大切な業務なのだということを今回の取材を通じて痛感しました。

 なお予約が多い傾向にあるのは、やはり「土日祝日」。そして時間枠では「朝一番(10時)」の回とのこと。逆に「比較的夕方がすいて」いたそうです。ということは、平日の夕方に東京駅周辺でちょっと時間を持て余したら、ふらっと立ち寄ってみても良いかもしれないですね。

 また同館の日時指定予約制は「かなり周知されており」、多くの人がオンライン予約をして来館したといいます。さらに、オンライン予約に不慣れな人にはナビダイヤルを通じて操作をサポートしたり、窓口での当日券の購入を案内したりしているそうです(予約チケットが完売していない場合に限る)。

時代を切り開く創造性を美術館で体感する

 ところで2020年2月末から、新型コロナウイルスの感染拡大防止対策のため、日本のさまざまな文化施設が、休館を余儀なくされました。

 アーティゾン美術館も、開館記念展の会期中、およそ2週間にわたって休館。ただし、日時指定予約制(オンライン決済)ゆえに、チケットの払い戻しはスムーズだったとのこと。このような不測の事態に、チケット購入者にアナウンスできる手段があるということは非常に心強いですね。

 アーティゾン美術館の公式アプリには「マイページ」や「Push通知」の表示が見られるので、ゆくゆくは公式アプリを通じても、ユーザーにさまざまな情報が提供されていくのでは、と期待が高まります。

 なお、アプリの新コンテンツや新機能の実装については検討中とのこと。また今回の開館記念展に足を運べなかった人も、公式アプリの作品紹介のコンテンツで、コレクション品の一部を画像で楽しむことができます。

アーティゾン美術館所蔵品を画像と作品解説で楽しめる公式アプリ(画像:松崎未來)



 館名の「アーティゾン」は、「アート(芸術)」と「ホライゾン(地平)」を組み合わせた造語で、そこには「美術の新しい地平を目指すわれわれの思いを表して」いるそうです。

 同時代の美術にも関心を寄せていた創設者の姿勢にならい、今後は現代美術の展示も行っていくとのこと。広報課によると「創造の体感」をコンセプトに、「時代を切り開く創造性を紹介していきたい」そうです。

 なお4月18日からの次回展は、石橋財団コレクションと現代美術家・鴻池朋子によるジャム・セッション展、ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示帰国展などを開催する予定です。

「創造の体感」から何を学ぶか

 2020年を迎え、私たちは正解のない、少なくともひとつではない時代に突入しています。私たちは常に多くの情報の中から、自分自身の答えを見つけて行かねばなりません。

 そうした中で、新たな技術やサービスは私たちに新しい生き方、働き方の選択肢を提示してくれます。アーティゾン美術館での「創造の体感」、そこから得られるインスピレーションは、時代を切り開いていく契機となるのかもしれません。

 なお同館は3月13日(金)、ウェブサイト上で再開館を告知。混雑緩和を目的とした日時予約指定制、最新の置換空調システムについて言及した上で、来館者への注意事項、感染拡大防止に向けた館の対策、またチケット払い戻しの継続について掲載し、17日より営業を再開しています(変更の予定あり)。

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