『孤独のグルメ』と『トライアングル・ブルー』~ふたつの深夜ドラマが映し出した東京の「昼と夜」の顔とは

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『孤独のグルメ』と『トライアングル・ブルー』~ふたつの深夜ドラマが映し出した東京の「昼と夜」の顔とは

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太田省一

社会学者、著述家

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大都市・東京にはビジネスの中心地としての慌ただしい昼の顔と、華やかな夜の顔があります。ただそのどちらにも共通するのは現代的な「孤独」です。そんな東京を社会学者で著述家の太田省一さんがふたつの深夜ドラマから読み解きます。

東京の夜と昼の顔を映す深夜ドラマ

 東京は、これまで数えきれないほどのドラマの舞台になってきました。それは、東京がシチュエーションに応じてさまざまな顔を見せ、それがドラマに欠かせない魅力を添えてくれるからでしょう。今回は特に、東京の夜と昼の顔を映すふたつの深夜ドラマにふれてみたいと思います。

松重豊演じる井之頭五郎が主人公の『孤独のグルメ』(画像:久住昌之、谷口ジロー、扶桑社、テレビ東京グループ)



 まず、1985(昭和60)年から1986年にかけて放送された『トライアングル・ブルー』(テレビ朝日系)です。現在知っている人はそれほど多くはないかもしれませんが、東京の夜を映すという点で印象深いドラマでした。

 主演は、当時破竹の勢いで若者たちのカリスマ的存在だったとんねるず。彼らは、このドラマより前に女子大生ブームを巻き起こしたフジテレビの深夜番組『オールナイトフジ』(1983年放送開始)に出演して一気にブレークしました。

 ちょうど深夜テレビが、大人のものから若者のものへと劇的に変化した頃です。とんねるずは、そんな新しい深夜テレビを代表する存在でもありました。

刹那的な若者を描いた『トライアングル・ブルー』

 この『トライアングル・ブルー』は、一風変わったドラマでした。秋元康作。一応台本もストーリーもあるのですが、基本的にはとんねるずをはじめとした若者のかったるく、でもどこか感傷的でもある日常が延々と続いていきます。

 そのなかでとんねるずは、台本やストーリーから当たり前のように逸脱して川上麻衣子や可愛かずみら他の出演者をアドリブの会話へと巻き込んでいきます。そんな彼女たちの素で戸惑う姿も新鮮でした。

 撮影されたのは、主に六本木のあたり。バブルが本格化した頃で、流行のディスコ、おしゃれなカフェやバーに夜な夜な若者が集まった時代です。とんねるずらこのドラマの出演者たちは、そうした若者を演じるというよりは、まさにそうした刹那的な若者そのものに見えました。

時代とシンクロしたエンディング曲「六本木心中」

 そんな雰囲気にもぴったりだったのが、このドラマのエンディング曲だったアン・ルイス「六本木心中」(1984年発売)です。作詞は湯川れい子。

1984年に発売されたアン・ルイス「六本木心中」(画像:VICTOR ENTERTAINMENT,INC.、(P)(C)WATANABE MUSIC PUBLISHING CO.,LTD.)



 アン・ルイスはバラエティーでも活躍しましたが、歌手としての力量も確かで数多くのヒット曲を生み出しました。中でもこの「六本木心中」は、時代とシンクロした名曲と言えるでしょう。

 この歌の主人公は、さめたクールな生きかたと情にもろいウェットな生きかたとのあいだで揺れています。

「遊び相手となら お手玉もできるけど いつか本気になるのが恐い」

 流行の最先端を行く街である“六本木”とその対極にあるような“心中”をつなげた曲名が、まさにその象徴です。

安心して孤独でいられる街「東京」

 当時、若者たちは古い時代の価値観にとらわれない「新人類」などともてはやされました。しかし、『トライアングル・ブルー』や「六本木心中」の登場人物のさめた外見の背後には、湿った情緒が潜んでいました。

 それはどこか演歌的でもあります。とんねるずがやはり秋元康の詞によるパロディー風演歌「雨の西麻布」(1985年発売)をヒットさせたのが『トライアングル・ブルー』の放送と同時期だったのも、あながち偶然ではないはずです。

「六本木心中」は、

「夜更けに目を覚ませば BIG CITY IS A LONELY PLACE」

というフレーズも印象的です。

孤独な東京のイメージ(画像:写真AC)

 毎晩六本木に集まって仲間とわいわい騒いでいても、家に帰ってひとりになるとふとしたときに孤独が押し寄せてくる。そんな大都市・東京のなかの孤独は、『トライアングル・ブルー』の若者の抱く感傷にも通じるものでしょう。

 とは言え、孤独であることはネガティブなばかりではありません。むしろ東京は、安心して孤独でいられる街でもあります。

孤独だけど幸せな『孤独のグルメ』

 そこで思い浮かぶのが、『孤独のグルメ』(テレビ東京系)です。

 いうまでもなく「飯テロ」なる言葉をはやらせた人気の食ドラマですが、毎回基本パターンは同じ。松重豊演じる井之頭五郎が仕事先で訪れた街で適当な食堂やレストランを見つけ、そこで食事をする。ただそれだけです。

松重豊演じる井之頭五郎が主人公の『孤独のグルメ』(画像:久住昌之、谷口ジロー、扶桑社、テレビ東京グループ)



 井之頭五郎には“正体不明”なところがあります。仕事は個人で営む輸入雑貨貿易商。独身です。ただ出身地は不明、年齢も40代くらいに見えますが明らかではありません。家族関係についても断片的にはふれられますが、詳しく描かれることはありません。その点、根無し草的であり、まさに孤独です。

 しかし、そんな井之頭五郎が食事をしている姿はとても幸福そうです。彼がドラマのなかで訪れるのは、だいたい昼間の東京やその近郊の街。例えばSeason1(2012年放送)は、第1話の江東区門前仲町から豊島区駒込、豊島区池袋……と続いていきました。

 店によっては地元の常連客ばかりで、井之頭五郎のスーツ姿は浮いているときもあります。だがそんなことにはお構いなく、彼はただひたすら注文を考え、出てきた料理をとことん味わい満足感に浸ります。「美味くていける。ウマイケルジャクソンだ」などとこころのなかでつぶやきながら。

東京の街にある「余白」

 そうして井之頭五郎が食事に没頭し幸福でいられるのも、東京の街にはいつもどこかに「余白」があるからだという気がします。

大都市・東京のイメージ(画像:写真AC)

 もちろん一口に東京と言っても広く、街の個性はさまざまです。それぞれの街の歴史や文化もあるでしょう。

 しかしそれでも、東京の街には井之頭五郎のような“正体不明”の孤独な存在にとっての居場所、つまり余白がどこかに必ずあるように感じます。

 それは、元々東京が多かれ少なかれ孤独な人たちが集まってできている都市だからなのかもしれません。その意味で、『孤独のグルメ』は単なる食ドラマではなく、そんな東京の懐の深さを再認識させてくれるドラマでもあると思います。

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