電車の網棚に「新聞・雑誌」を置いていくおじさんを最近見ないワケ

訪日外国人から「公共の場所にゴミ箱が少ない街」と指摘される東京。なぜ街角のゴミ箱は減ったのでしょうか。また、なぜ電車の網棚に新聞・雑誌がなくなったのでしょうか。ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


電車内に存在した「究極のリサイクル」

 当時、「車両にゴミを放置する」という行為はモラルに欠けた行為ではなく、一種の「マナー」にまで昇華されていました。

 とりわけ、新聞や雑誌は読み終えたら網棚の上に放置するのが当たり前でした。そうすれば、次に読みたい人が拾って読んでまた放置するという、究極のリサイクルが存在していたのです。

街中のゴミ箱のイメージ(画像:写真AC)

 混雑する都心の電車の場合、読みたい雑誌を巡ってライバルは多いのですが、郊外へ向かうローカル線はぐっと拾いやすくなりました。

 筆者は1994(平成6)年に上京した当時、東武東上線の森林公園駅(埼玉県滑川町)の近くに住んでいたのですが、終電が近くなると乗客も少なく、新聞や雑誌は拾い放題でした。

 前述の地下鉄サリン事件以降、「網棚にゴミや雑誌を放置しないでください」というアナウンスが流れるようになり、雑誌が拾えなくなったときには事件への怒りはもちろんのこと、本当に残念な気持ちになったものです。

事件以降、大幅に減った新聞と雑誌のゴミ

 地下鉄サリン事件の直後から、あちこちでゴミ箱を撤去する動きが始まりました。警察からの協力要請もあったため、この動きは大きく拡大。

 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)の駅では、全駅のゴミ箱を撤去。私鉄では京王電鉄と小田急電鉄も同様で、JRも東京駅や新宿駅といった主要駅の地下通路のゴミ箱が封鎖されました。

 現在の電車内では多くの人がスマートフォンを使っていますが、当時は新聞か雑誌を広げていました。そのような時代に、ゴミ箱を撤去し、ゴミの放置禁止に目を光らせるとどうなったのでしょうか。

電車内でスマートフォンを使うイメージ(画像:写真AC)

「朝日新聞」1995年5月28日付朝刊では、撤去から2か月ほどたった鉄道駅のゴミ箱の状況を取材しています。

 当時、新聞と雑誌は地下鉄のゴミの4分の1を占めていました。そのため清掃の際には、係の人が網棚から集めたゴミを必死で抱え、車両を移動しなければなりませんでした。記事によれば、営団地下鉄全駅で3月に69tあった新聞と雑誌は、4月になって16tに激減したといいます。

容易に根付かなかった「持ち帰る」マナー


【ゴミ削減に対する意識調査】21世紀は環境配慮の時代。あなたが普段から取り組んでいることは?

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