恋はゲレンデから? 何もかもが輝いていた バブル時代を彩ったスキーとゴルフの思い出

バブル期に大人気だったスキーとゴルフ。そのふたつのスポーツが人気だった背景や男女の出会いなどについて、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


朝に現地に着いてスキー、またバスで都内へ

 もちろん、安さゆえにワケアリです。宿がなんと、4人一室のペンション。ようは寝る時は雑魚寝で、それでも北海道でスキーができるならかなりお得だったと思われます。

 場所を選ばなければ、もっと安いツアーもありました。前述の記事では、神立高原(かんだつこうげん。新潟県湯沢町)への夜行車中泊日帰りのツアーバスが9300円となっています。夜行バスに揺られて、朝に現地着。スキーを楽しんで、またバスで都内へ――体力に自信のある若いときにしかできませんね。

越後湯沢駅の外観(画像:写真AC)

 もちろん単にスキーを楽しみたいだけなら、こんなツアーでもよかったでしょう。しかしこの時代のスキーは、単なるウインタースポーツではありません。

「スキーに行く」といって、単に滑って満足して帰るのは少数派です。真のスキーの目的とは、すでにいい感じになりかけている女性への押しの一手。あるいは、現地での出会いです。

 スキー板は、出会いのための小道具でしかありません。そのためスキー場選びにあたっては、意中の女性と出掛けて関係が深まりそうか、あるいは男女の出会いが生まれそうかが重要だったのです。

年々増加していたスキー場

 そんな基準で選ばれていたスキー場ですが、この状況を特段気にはしていなかったようです。なぜなら、スキー場では客の奪い合いが起こっていたからです。

 この時代、スキー人口は日本人の10人にひとりのレベル。週刊誌「AERA」1989年1月17日号によると、1983(昭和58)年に548か所だったスキー場は、5年後の1988年に611か所まで増加していました。

 そのため、「あそこのスキー場は出会える」と評判になるのは、スキー場としても願ったりかなったり。中でも「ナンパ天国」として知られていたのは、やはり苗場スキー場です。

スキーを口実に出会いを求めた男女


【1047人に聞きました】いつゲレンデに行きたくなる? ゲレンデの魅力って何?

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