マツコ・デラックスのトークはなぜ共感されるのか? 秘密をひも解くカギは「東京」にあった

テレビなどで、10年以上活躍しているマツコ・デラックス。その人気を支えるものはいったい何なのでしょうか。社会学者で著述家の太田省一さんが「東京」をキーワードに解説します。


横須賀・総武快速線の車両をつくった

『マツコの知らない世界』でジオラマが特集された回。

 マツコが自らロケに出て、都市開発業者の森ビル(港区六本木)がつくった東京の巨大ジオラマを見学したことがありました。そこでのマツコは、新宿の街は美しいが、品川の街のビルの並びは今ひとつ、といったような話題が止まらず、とても楽しそうでした。

『マツコの知らない世界』のウェブサイト(画像:TBSテレビ)

 ところで、その同じ回でマツコが自らジオラマをつくることになった際、最もこだわったパーツが横須賀・総武快速線の車両でした。その走る姿は、マツコにとっての若き日の心象風景と深く結びついていたからです。

若き日は「弱者」だった

 マツコは1972(昭和47)年の千葉県生まれで、テレビでもたまにそのことを話題にすることがあります。千葉市から東京駅を経由して神奈川県横須賀市の久里浜駅まで走る横須賀・総武快速線は、若き日のマツコが東京に行く際によく使っていた路線でもありました。

 その頃のこと。東京でのおしゃれな生活に憧れたマツコは、まず錦糸町で慣らすことを考えました。そして当時そこにあった西武で買い物をし、その西武の買い物袋を持ちながら自慢気に総武快速で帰っていたと言います。

横須賀・総武快速線(画像:写真AC)

 ところが、ある日マツコは衝撃の事実に気づきます。錦糸町の西武は池袋の西武などとは違い、西友の経営でした。つまり、“本物の西武”ではなかったのです。マツコは、

「今、最先端に触れてるんだと錯覚していた」(『SWITCH』2016年5月号)

だけでした。

 マツコは言います。

「でも日本という国は、全然幸福じゃないんだよね。幸福ってものを国民に履き違えさせるように仕向けてきたわけじゃない。まんまとそれに乗っかってしまった人たちがいる。そのことをあたしは言いたいの」(同号)

「あたしは当時は弱者の一人だった」(同)

ときどき皮肉たっぷりに話す


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