ナイキ「厚底シューズ問題」で甦る90年代「エアマックスブーム」の記憶

1995年から数年にわたり起こったナイキのハイテクスニーカーブームについて、ルポライターの昼間たかしさんが解説します。


イエローモデルの発売は1995年7月

 中でも人気に火をつけたのは「エアマックス95」です。

 定価1万5000円のスニーカーにはプレミアがつき、3万円から6万円まで値上がりを続けていました。また、いくらお金があっても手に入らなかったことも問題でした。

 当時のナイキのスニーカーは四半期ごとに色とデザインを変えたモデルを発売していました。新モデルが出ると、旧モデルの生産は終了です。エアマックス95の中でも特に人気の高かったイエローモデルが発売されたのは1995年7月。

NIKE「エアマックス95 OG」。1995年に、人間の身体をモデルにした限界に挑戦するデザインとして「エアマックス95」がデビュー。そのオリジナルバージョンを再現。Max AIRユニットによる快適なクッション性と、20年たった今も新しい多層構造のアッパーを装備している(画像:ナイキ、メガスポーツ)

 ブームになった秋ごろには、既に在庫切れの状態になっていました。そこに目を付けたバイヤーはアメリカや香港などから在庫を輸入、プレミアをつけて販売し、さらにブームをあおったのです。

1996年末に20万円まで値上がり

 現在はネット通販が発達したため、パソコンやスマホを使って誰でもレア商品を探すことができます。

 しかし当時は、まだマイクロソフトの基本ソフト「Windows95」が発売されてパソコンが普及し始めたばかり。インターネットを使ったことがある人のほうが少なかった時代でした。そのため、人気のエアマックスを手に入れるには努力が必要だったのです。

「どこそこの店で入荷するらしい」と聞けば、電車を乗り継いで店を目指します。友達のツテをたどって、複数所有している人を探して売ってもらうなどなど……。

 人気はどんどん上昇し、1996年末になるとエアマックス95は10万円から20万円までのプレミア価格となることもありました。

価格高騰のイメージ(画像:写真AC)

 価格の高騰を受けて、店舗の仕入価格も上がったため、価格は余計に上昇。また店舗も苦労して入荷したエアマックスの販売告知手段は、当時はたいてい店頭での貼り紙です。しかし開店時間になると、長い行列ができていたのです。

 当時の情報交換は、対面で話すか電話です。多くの場合、貼り紙を見かけた人が「エアマックスが入荷するって!」とあちこちに電話を掛けて広めていったことは想像に難くありません。

「エアマックス狩り」も発生


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