きっかけはCIAとN響だった? 今ではおなじみ「和風スパゲティ」の誕生秘話【連載】アタマで食べる東京フード(1)

味ではなく「情報」として、モノではなく「物語」として、ハラではなくアタマで食べる物として――そう、まるでファッションのように次々と消費される流行の食べ物「ファッションフード」。その言葉の提唱者である食文化研究家の畑中三応子さんが、東京ファッションフードが持つ、懐かしい味の今を巡ります。


老舗はいまだ「和風スパゲティ専門」を名乗らず

 想像ですが、成松が最初に出会ったのは、トマト味オンリーで単調なアメリカ式スパゲティだったから、発想の転換がしやすかったのではないでしょうか。もし、本場イタリアの多種多様なパスタソースを知っていたら、和風に変える必然性を感じなかったかもしれません。いずれにせよ、成松とブルームの出会いがなかったら、和風スパゲティの誕生はなかったでしょう。

 和風スパゲティはブームになり、店の前にはいつも列ができ、それがまた話題を呼び、いつしか全国に似た店が生まれました。現在、和風スパゲティの大手チェーン「洋麺屋五右衛門」は、1976(昭和51)年に公園通りで創業。五右衛門風呂のような大きな釜でイタリアからの直送麺をゆで上げ、澄まし汁とおしんこをつけて、箸で食べさせることが話題になりました。

はじめから「和」を打ち出した「洋麺屋五右衛門」は、元祖和風スパゲティをうたっている(画像:畑中三応子)

 成松は200種類もの新メニューを開発し、そのなかにはサラダスパゲティなどの洋風メニューも多数ありました。現在も壁の穴は、和風スパゲティ専門を名乗っているわけではありません。しかし、クリーム系や肉系のソースに納豆をトッピングするなど、自分で和洋折衷のカスタマイズができるのが、他店にはない魅力です。

 和風スパゲティが家庭にも広く定着してもう長く、スパゲティメニュー自体、今ではなんでもありの時代。その源流がひとりの人間の創意工夫にあり、戦後の占領政策と関わっていたのです。

 食べ物の初めて物語には、思いも寄らない事実や関連性を発見することがよくあります。深く知るほど、興味は尽きません。


【地図】和風スパゲティの「元祖」。壁の穴「渋谷本店」と洋麺屋五右衛門「渋谷本店」の場所を見る

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