東京のど真ん中に「高層ビルと一体化した神社」がある歴史的背景

ビル街・虎ノ門にひっそりとたたずむ金刀比羅宮。いったいなぜこのような場所にあるのでしょうか。フリーライターで古道研究家の荻窪圭さんが解説します。


ヒントは丸亀藩主の江戸屋敷にあり

 つまり、丸亀藩主が地元の神様を江戸屋敷内に置いた邸内社だったのですね。

 その後、江戸市民が金刀比羅宮への参拝を求め、毎月10日に限り、邸内にある金刀比羅宮への参拝を許可しました。江戸時代には庶民の間にも金毘羅信仰が広がり、江戸のこんぴらさんということで人気だったのでしょう。

 邸内社だったにもかかわらず、江戸末期の「江戸切絵図」にはしっかりと描かれてます。

国道一号線越しに見た金比羅宮。ビルの一角が参道になっている(画像:荻窪圭)

 明治になって藩が解体されて藩邸がなくなっても金刀比羅宮だけはその場所に残り、周辺がどんどん開発されて官庁街・ビジネス街になりました。

 その立地の良さから2004(平成16)年には、その敷地に26階建ての「虎ノ門琴平タワー」が完成。金刀比羅宮はそのビルと一体化し、しっかり生き残ったわけです。

道路脇には江戸城の櫓台跡も

 国道一号沿いにある鳥居を抜けると、高層ビルの裏に江戸時代(1821〈文政4〉年)に建てられた銅製鳥居があり、その奥に立派な拝殿や摂社があって、日本の神社らしさもしっかり残っているのはいささか異時空に迷い込んだ感があってたまりません。

 この裏手あたりには文科省中庭に公開されている江戸城の外堀や、道路脇にひっそり残る江戸城の櫓台(やぐらだい)跡もあり、江戸の名残は金刀比羅宮だけではありません。

旧文部省庁舎(右手のレンガの建物)の裏に江戸城外堀が露出していて見学できる(画像:荻窪圭)

 虎ノ門は現在虎ノ門ヒルズをはじめとする再開発の真っ最中で、高層ビル街化がより進もうとしています。

 1968(昭和43)年完成の日本初の超高層ビル「霞が関ビル」や1932(昭和7)年完工の「旧文部省庁舎」(今の文科省)といった昭和の建築も合わせると、江戸から昭和、令和までいっぺんに楽しめる、東京ならではの時空混在散歩がより楽しめそうです。


【虎ノ門周辺の地図】ビル街の異空間「金比羅宮」の位置を確認する

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