原宿と神宮の間のゆる~い坂は、意外にも「レジェンドサムライ」が名付け親だった【連載】拝啓、坂の上から(1)

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原宿と神宮の間のゆる~い坂は、意外にも「レジェンドサムライ」が名付け親だった【連載】拝啓、坂の上から(1)

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立花加久

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フリーライターで坂道研究家の立花加久さんが、東京散歩にぴったりな坂の由来を教えてくれる連載「拝啓、坂の上から」。今回は渋谷区内にある「勢揃坂」を巡ります。

散歩とはつまり、「日帰り自由旅行」

 散歩が趣味という人が近ごろ増えてきているのではないでしょうか。休みの日にふらっと近所の公園に行ったり、ちょっと脚を伸ばして隣町へ行ったりして、いつもと違う日常を体感するのは楽しいものです。

 いつも家と職場の2点間移動のみという人も、休みの日にあえて自転車や車を使わずに隣町へふらっと脚を伸ばしてみると、意外な場所に神社や寺を見かけたり、そそられる路地裏や商店街でおいしいラーメン屋を見つけたり、さらに偶然見つけた銭湯の湯船に漬かって、汗を流して脚の疲れを癒やしてから、立ち飲み屋で軽く生ビールを1杯なんてうれしい想定外の散歩もいいものです。

 こうなるともう「日帰り自由旅行」と言ってもいいかもしれません。まさに風の吹くまま気の向くままにといったところです。

 でもやっぱりそこは犬の散歩じゃないので、近所の同じコースを散歩しているとそのうち飽きてくるのが人情。そうなると今度は何だか少し遠出の散歩がしたくなります。

今回紹介する渋谷区内の「勢揃坂」。勾配は緩やかな印象の坂(画像:立花加久)



 まずエリアと降りる駅やバス停を決めて、そこから散歩を始めるわけですが、そしてそのうち自分だけの目標や目的、コースを設定し何パターンか作ったりしてと、そうなってくるともう「散歩の達人」ということになるのかもしれません。そういえばそういう名前の雑誌もありますね。

 そこでそんな楽しい散歩のコースに、坂を加えることをお勧めしたいのです。

 東京は「坂の街」です。もともと関東平野は古代から地殻変動の激しい土地で、起伏に富んだ平野のうえに幾筋もの川が流れているため、その川が増水の度に護岸を削っていき、河岸段丘と呼ばれる丘陵を形成していったのでした。

思わずドリフターズを連想する名前

 そして、そんな東京の坂には歴史にまつわる物語のある坂が少なくないのです。時に坂の名称に思いがけない歴史上の人物の名前が付いていたり、意外なエピソードに由来する坂があります。

 そんな坂散歩で原宿から神宮周辺を訪れてみました。この辺りは、実に大小の坂が点在して坂散歩には楽しい地区ですが、なぜか名前の付いた坂は皆無と言ってもいいぐらい少ないのです。

 そんななか、おそらく唯一名前の付いた坂が、このほど完成した国立競技場(新宿区霞ヶ丘町)の南側、渋谷区神宮2丁目にある「勢揃坂(せいぞろいざか)」です。

勢揃坂の名前の由来を伝える渋谷区教育委員会の看板(画像:立花加久)



 勢ぞろいとはなんだか威勢のいいポジティブな感じのする、音感と字面の名前ですね。2019年に盛り上がったラグビーワールドカップ日本大会の各国代表チームをイメージして、ドリフターズ世代の私(立花加久。フリーライター)なんかはバラエティー番組「8時だよ全員集合!」のあの掛け声がよみがえったりします。とにかく元気の良いイメージです。

 そんな昭和世代にも共感や郷愁を誘う名前のこの坂は、意外にも平安時代からあった古道なのでした。そしてその名称の由来も興味深いものがあります。

 鎌倉幕府を開いた源頼朝の先祖とされる、平安末期に活躍した源八幡太郎義家(みなもとのはちまんたろうよしいえ)が、1083(永保3)年に、奥州(東北地方)で起こった内乱に乗じて介入した、後に言う「後三年の役(ごさんねんのえき)」の時に、この坂で軍勢を勢ぞろいさせて出陣していったことから、いつしかこう呼ばれるようになったというのです。

 実はこの義家公は、この奥州平定の行き帰りのコースとなる関東から東北にかけての各地に、多くの足跡と伝説を残しているレジェンドサムライなのです。

過去と未来が交錯する坂にたたずむ

 この坂の途中にある龍厳禅寺(りゅうがんぜんじ)の境内には、今でも義家公が腰を掛けたと伝えられる石「腰掛石」なんていうのも残されているそうです。

 ちなみにあの糸引く納豆も、同じくこの奥州遠征途中に、兵糧として蒸した大豆を俵に入れて、馬の背に乗せて運んでいた時に、馬の体温で発酵して偶然できたのが始まりとされる「納豆伝説」も残っています。

勢揃坂の途中にある龍厳禅寺(画像:立花加久)



 坂下に立つとそれほど勾配も無い普通の坂なのですが、この坂をあの義家公が馬で駆け上がり、勢ぞろいした家来たちに向かって「エイエイオーッ!」なんて掛け声を掛けたかと思うと、武者震いする武士たちの吐息が聞こえてきそうで、なんだが歴史の現場に訪れたような不思議な気分にもなるのです。

 現在、坂下では再開発の真っ最中です。建設中の完成間近の高層マンションが坂を見下ろす様にして建っています。周辺は再開発され変わっていってもこの坂だけは平安の昔から変わらないのです。

 ところで勢ぞろいといえば、この坂上からだと見晴らし良く見えるこのほど完成した国立競技場(新宿区霞ヶ丘町)にもおそらく、開会式には選手が勢ぞろいするわけですが、マラソンと競歩が分散開催となったことから、閉会式の時にはそれらの選手は遠く北海道の札幌にいて、勢ぞろいとはいかないのかと思うと、なんともスッキリしない気分ではあります。

 そんな過去と未来へも散歩のできる「勢揃坂」なのでした。

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