矢沢永吉『恋の列車はリバプール発』――品川区発のバカテク早熟プレーヤーたち 品川区【連載】ベストヒット23区(10)

人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。


英国のロックキッズをとりこにした後藤次利

 次に後藤次利。品川区五反田出身。1952(昭和27)年生まれですから今年63歳。ベーシストとしてのデビューは19歳ですから、こちらも早い。

 初めはギターを弾いていたのですが、フォークデュオ「ブレッド&バター」が岸部シロー(あまり語られませんが、高音が魅力の、とても優秀なボーカリストだったのです)と全国ツアーのバックを担当することになり、ベースがいないということで、急きょ、ベーシストに任命されました。

後藤次利の地元である五反田駅周辺の様子(画像:写真AC)

 後藤次利はその後、加藤和彦率いるサディスティック・ミカ・バンドで名をはせ、イギリス公演では、そのスラップ(チョッパー)奏法で現地のロックキッズのドギモを抜きます。「後藤のベースに対しては口からアワを吹き、絶賛の声を投げかける聴衆の姿が見られた」と現地紙(サウンズ紙 1975年10月18日)に書かれたほどで、何だかすごい。

 80年には、沢田研二『TOKIO』で編曲家としても脚光を浴び、その後、おニャン子クラブやとんねるず、工藤静香の楽曲で「ギョーカイ」っぽい成功を収めたのはご存じの通り。

バカテクでも顔立ちが憎めない高中正義

 品川区出身名プレーヤー列伝の最後は高中正義。品川区大井町出身。実家はマージャン屋「三元閣」。1953(昭和28)年生まれで今年62歳。後藤次利同様、ギターを弾いていたものの、つのだ☆ひろ、成毛滋とバンド「フライド・エッグ」でデビューしたときはベーシスト。この人も早熟で、このときまだ18歳。

高中正義の地元である大井町駅周辺の様子(画像:写真AC)

 ただ高中正義はギタリストに復帰。後藤次利と並んで、サディスティック・ミカ・バンドで一躍有名に。その後、ソロギタリストとして楽曲『BLUE LAGOON』(1980年)や、アルバム『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』(1981年)などで人気が爆発します。

 他の品川区名プレーヤーと違うところはルックス。昭和的に言えば「ハンサム」なCharや後藤次利に対して、憎めない顔立ち。87年のクリスマスイブに放映された日本テレビ『メリー・クリスマス・ショー』(Charも出演)で、司会の明石家さんまが、高中正義のサングラスを突然無理やり取り外して「ラッシャー板前君です」と言ったのが忘れられません。

今回のメンツは「ほぼ品川区」


【今見ても超イケメン】品川区出身。約45年前の「Char」の雄姿を見る

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