なんと総延長40m 中野区に「巨大な防空壕」が眠る禅寺があった

中野区にある成願寺の境内の片隅には、総延長約40mもの防空壕が今でも残っています。都市探検家の黒沢永紀さんが解説します。


防空壕のほかにも見所満載

 かつてはいくつもの部屋があり、それぞれ本堂や風呂、そして雪隠などに使われていたそうですが、現在残るのは中央付近の小部屋ひとつで、仁王さまのような仏像が一体と温度計が置かれています。気温は16度。壕の中は温度が一定なので、夏は涼しく冬は暖かいようです。

 この防空壕は、先の大戦の際、先代の住職が空襲に備えて掘ったものでした。近隣住民は、空襲のたびに大きな荷物を持って子供と一緒に逃げ込み、幾度も難を逃れたといいます。

 1945(昭和20)年5月25日の深夜、中野から東京駅までを火の海にした山手大空襲によって、成願寺も全ての堂宇(どうう。堂の建物)や多くの仏像が焼き尽くされてしまいました。しかし、ご本尊、ご開山さま、そして一部の古文書は、防空壕の小部屋に移していたおかげで、かろうじて守られたそうです。戦争の記憶を風化させない遺産として、いつまでも残って欲しいと思います。

 成願寺は、防空壕のほかにも見所が満載のお寺です。まず最初に目に入るのは、「大観通宝」の文字が浮き彫りされた軒瓦(のきがわら)の先端を飾る瓦当(がとう)。ほぼ全ての瓦当が、古銭を模した形をしています。

大観通宝の瓦当(画像:黒沢永紀)

 ある日、鈴木九郎が痩せ馬を千葉の馬市へ売りに行く途中、浅草観音へお参りをし、高値で売れた場合、その中に混じった大観通宝は全て観音さまへ差し上げると誓います。

 馬は高値で売れますが、受け取った通貨を見ると全て大観通宝でした。しかし、観音さまとの誓いを守り、全てを観音さまへ納めて仕事にまい進した結果、中野長者と言われるまでに事業が成功したという伝説に因んでいます。

防空壕は、事前に申し込めば見学可能


【画像】謎の像と温度計が同居する「防空壕内の一室」を見る

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