松任谷由実『ようこそ輝く時間へ』――地上61mの空から後楽園コンサート史に思いを馳せる 文京区【連載】ベストヒット23区(8)

人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。


雨、雷鳴、そして稲妻 1971年の伝説の夜

 野球場としての後楽園と言えばジャイアンツですが、コンサート会場としての後楽園の歴史は「タイガース」から始まりました。

 日本人初の後楽園単独コンサートを成し遂げたのはザ・タイガース。沢田研二をはじめ、加橋かつみ、森本太郎、瞳みのる、岸部修三(現 岸部一徳)、岸部シローらが在籍。60年代後半の日本で一大ムーブメントとなった「グループサウンズ」(GS)の中でも、最大の人気を得たバンドです。

 コンサートが行われたのは、1968(昭和43)年の8月12日。タイトルは「ザ・タイガース・ショー 真夏の夜の祭典」。

『ザ・タイガース研究論』(近代映画社)によれば、「沢田はオープンカーで手を振りながら登場、加橋はオートバイ、森本は早かご、岸部は木下大サーカスの象に乗って登場」とのことですので、純然たるコンサートというよりは、イベントという感じだったようです。同書によれば入場者数は「2万1000人を記録する。別の説では2万3000人または1万5000人」。

『ザ・タイガース研究論』の表紙(画像:近代映画社)

 1970年代に入ると、英米のロックバンドが来日コンサートを次々と開催します。中でも半ば伝説化しているのが、1971(昭和46)年7月17日に開催されたグランド・ファンク・レイルロードのコンサート。

 このコンサートを伝説化したのは、音楽というより天候でした。1971年の真夏の夜。大雨が降っては止み、また振り出し、そして光る稲妻、とどろく雷鳴。

 その場に居合わせた音楽評論家・渋谷陽一の『ロックミュージック進化論』(日本放送出版協会)によれば、「雨はまったく止まず降り続いたが、客のほうは完全にお祭り気分ではしゃぎ回っていた」「そのうち一時間ほど降り続いた夕立は止み、嘘のような星空が広がった」。

 しかし「コンサートが途中まで進んだところで、それまでつき抜けるように晴れていた星空に、雷鳴がとどろき、稲妻が走り始めたのだ。そして前以上の雷鳴が後楽園を襲ったのである」「すざまじい雨、雷鳴、そして稲妻。これ以上の演出効果はないだろう」。こうして、1971年の真夏の一夜が伝説の夜となったのです。

キャンディーズ解散コンサート、入場者数5万5000人


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