世間の「普通」から外れることは、どうしてこんなに怖いのだろう【連載】大原扁理のトーキョー知恵の和(1)

何とは言えないのだけど何となく息苦しい。そんな気持ちでいる人へ、東京で週休5日・年収90万円という「隠居生活」を実践した大原扁理さんに生き方のヒントを尋ねる企画「トーキョー知恵の和」。今回のテーマは「東京と『普通』とは」です。


「自分の普通」とは、自分自身の居心地よさ

 とはいえ「世間の普通」というものは、人の深いところにまで内在化しているから、無自覚に信じ込んでしまっている「世間の普通」が私にもあると思います。「今どき携帯がないと生きていけない」とか、「東京に食べられる野草や山菜はない」なんていうことについては「そんなことないんじゃない?」と疑ってかかってみましたが、まだまだ気がついていないことはほかにもあるはず。

 日々の違和感や疑問に思ったことを、そのままにしておかない。覚えておく。調べる。知る。そしてやってみる。

 いい感じだったら、続けてみて様子を見る。改善点は必ず出てくるから、今の状態を完璧だとは思わないこと。これを何百回も繰り返していくと、世間に頼らない「自分だけの普通」ができていきます。

「20代で隠居」とか聞くと、自分とは関係ない、恵まれた特殊な例だと思われるかもしれません。でも、その中身を解体して見てみれば、実はこうした非常に地味で小さな気づきと取捨選択の積み重ねでしかないのでした。

ちょっとやそっとじゃ、動じなくなる

 さて、それではなぜ「世間の普通」ではなく「自分の普通」を追求していくほうがラクに生きられるのでしょうか。

 私が自分の生活のことを本に書いたり話したりする機会によく感じるのは、ほんとはみんな「世間の普通」に合わせるのがそろそろしんどくなってきていて、「自分の普通」で生きるほうがいいって薄々わかっているけど、なんだかんだでやらないのではないか、ということです。

 まあそうは言っても、母体が大きい「世間の普通」の方がまだ安心感があるのかもしれません。大きなものに寄りかかりたくなることって、あると思う。

 確かにそれぞれの生き方に合わせた「自分の普通」をイチから作っていくのって、前例がない場合も多いので、めんどくさい。だけど、同時にごほうびもあるんです。

「自分の普通」ができてくると何がいいかって、「年間所得が122万円以下は貧困」「老後2000万円必要」とか言われても、そのまま受け取らず、「私は100万円以下でも満足してるんで」「ほんとに2000万円必要か、自分でやってみて確認しますね」となるんです。

大原さんの「隠居生活」の様子を描いたイラスト(画像:大原扁理さん制作)

 ちょっとやそっと、常識や潮流が変わったところで、一喜一憂しなくてすむんですよね。長い目で見ると、これって実はすごく安心。

みんなが「普通」を自給自足すると、何が起きる?


【調査】「老後2000万円問題」、なんと8割の人が無視できずに右往左往?

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