映画『ジョーカー』と渋谷ハロウィン騒動から見る、中途半端な「東京のこれから」

日本女子大学人間社会学部准教授の田中大介さんが大ヒット映画『ジョーカー』と渋谷スクランブル交差点の比較と通して、今後の東京の行方について考察します。


「お行儀よくいるべき場所」での大騒ぎ

 もちろん「あんな迷惑行為をそんな風にいうのはけしからん」と憤る人も多いでしょう。実際、地元の商店や自治体・警察は少なからぬ負担や被害、損失を毎年被っています。興味のない通行人にとってもかなりの迷惑です。

 渋谷のハロウィンを報道するネット記事にも苦言、憤怒、冷笑のコメントがあふれています。そもそも、そのような大騒ぎをしたいのであれば、どこか広場・公園、会場などを借りてやればいいはずです。そうすれば白い目で見られることもないでしょう。

過去に行われた渋谷駅前のハロウィンの様子(画像:123RF)

 しかし、人が目的をもって集まるための場所ではなく、「人を効率的に流すため」のスクランブル交差点やその付近が目的地となっており、あえてそこで大騒ぎすることを楽しんでいるのが実情です。いつもお行儀よく通行すべき交通の場で大騒ぎすることのスリルに意味があるようなのです。

 この大騒ぎが興味深く、また厄介なのは、きちんとした「イベント」とはいいがたい点です。とりわけ責任を持つ主催者がおらず、その開始や終了も曖昧なところに特徴があります。

 ハロウィンの前後にだらだらとはじまり、だらだらと終ります。10月31日が平日の場合、その日に近い週末がメインになりやすいという傾向もあります。なかには「影の仕掛け人がいるはずだ」と主張する人もいますが、そうであれば、自治体や警察はそれらの主催者的な立場の人にアプローチして、コントロールすればいいはずです。

 しかし、自治体や警察が毎年繰り返しているのは、誰ともしれぬ匿名的な人びとへの「呼びかけ」です。いわく「イベントはありません」「立ち止まらないでください」など。つまり、スクランブル交差点の群衆行動は、主催者も、参加者も、開始・終了も、会場の範囲も曖昧なまま、繰り返されているのです。

 だからこそ、コスプレのイベントや舞台というより、なかば自然発生的な群衆行動としかいいようがありません。なんだかわらわら集まってきてしまうのですから、取り締まる側も大変です。『ジョーカー』で描かれたような、かつての都市暴動レベルまで至っていないのですから、むしろ「よくやっている」というべきかもしれません。

交差点のスクランブル化は1970年代から


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