軍都の要衝「市ヶ谷」で今も顔をのぞかせる「戦前」の記憶

かつて「帝都」と呼ばれた市ヶ谷。その歴史と史跡について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。


市谷亀岡八幡宮の裏参道を行くと……

 市ヶ谷台にも戦前が残っている場所があります。防衛相の手前に市谷亀岡八幡宮(新宿区市谷八幡町)があります。この神社は太田道灌が江戸城築城の際、西方の守護のために鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を祭ったといわれていますが、もともとは市谷御門の内側にありました。鶴岡にちなんで亀岡と呼ばれた神社です。

 しかし江戸時代になってから外濠の誕生によって現在の位置に移転しました。この市谷亀岡八幡宮の裏参道は神社の裏手に防衛省との境界を伝っていますが、出口は駿台予備学校 市谷校舎(同)の裏手にあります。

 ちょうど裏参道を辿っていくと、途中に「陸軍用地」と書かれた石標があります。これもおそらく当時のものなのでしょう。裏参道を歩く人はあまり多くありませんが、時折、自衛隊の隊員が訓練をやっているので、掛け声が響くこともあります。ここにも戦前が顔を覗かせているのです。実際、緊張感を伴う不思議な空間であるともいえましょう。

市ヶ谷台にある「陸軍用地」と書かれた石標(画像:増淵敏之)

 市ヶ谷界隈は、店舗の入れ替えが意外と激しい印象があります。市ヶ谷台寄りの外濠沿いも、居酒屋や喫茶店がコンビニに変わりましたし、ファミレスもドラッグストアに変わっています。

 そういえばスーパーマーケットが大日本印刷の新しいビルに変わり、求人企業のビルも中央大学に、ソニーミュージックのビルも武蔵野美術大学に変わってしまいました。余り変化のないように思われるこの界隈ですら、変化が生じているのです。これが現在の東京なのでしょう。

東郷元帥記念公園の歴史


【画像】4月が待ち遠しい! 桜で彩られた美しい市ヶ谷周辺の様子

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