左官職人の道具が生み出す超リアルな3D絵画「鏝絵」が品川の神社にあった

一般的にはまだまだ知られていない、左官の仕事で使う鏝(こて)で創られる3D絵画「鏝絵」について、都市探検家の黒沢永紀さんが解説します。


鏝絵は徐々に衰退、今では作れる人もほんのわずか

 鏝絵は、左官の仕事で使う鏝だけで創られる、いわば3D絵画の様なもので、元々は、左官職人が、仕事をさせてもらったお礼と自著を兼ねて施したのが始まりといわれます。

 もちろん当初はシンプルなものだったのでしょうが、やがて技巧を凝らした緻密な表現へと進化していきました。それはまるで一服の絵画の様な印象で、事実、伊豆の長八は実際の壁に作る鏝絵とどまらず、額に入れて展示するための「塗額」や、さらには立体造形まで数多く制作しています。

 鏝絵が最も盛んに作られたのは江戸の後期から明治時代で、現在でも約3000の鏝絵が、国内各地に残っているといわれます。そのうちの3分の1くらいが大分にあり、特に安心院(あじむ)というエリアには数多くの鏝絵が残っていて、観光誘致に大きく貢献しているようです。

大分県宇佐市安心院町の様子(画像:写真AC)

 しかし、戦前にはたくさん残っていた鏝絵も、戦禍に見舞われた地域を中心に失われてしまいました。もちろん、自然崩壊や剥落(はくらく)によって失われてしまったものも数多くあります。事実、同じ品川の善福寺(品川区北品川)に残る伊豆の長八の鏝絵は剥落が激しく、ほんの一部しか見ることができません。また、建物の壁に漆喰を使わなくなるに従って鏝絵も徐々に衰退し、今では鏝絵を作れる人もほんのわずかといいます。

品川に長八の作品が多いワケ


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