歴史の証人に遭遇? 昭和最大のミステリー「三億円事件」を辿ってぶらり散歩

1968年に発生、世間を震撼させた大事件「三億円事件」。その現場となった府中市を紀行ライターのカベルナリア吉田さんが歩きます。


どこまでも続く高さ4mほどの白い塀

 道ばたに緑が茂り、花も咲いています。児童遊園の滑り台で子どもたちがはしゃぎ、歓声が響きます。駅前の喧騒も、ここまでは届きません。この辺りは江戸時代から徳川家の御鷹場(おたかば)に指定され、野川に注ぐ清流沿いの道は、いつからか「お鷹の道」と呼ばれたそうです。

 市指定重要文化財「旧本多家住宅長屋門」を横目に見つつ進むと、国分寺楼門が見えてきます。どっしりと分厚い木造の門は、風格が漂いひたすら荘厳。そして近くに緑地が広がり「武蔵国分寺跡」の看板も立っています――史跡の一角に、現金輸送車は乗り捨てられていたそうです。

どっしりと分厚い国分寺楼門(画像:カベルナリア吉田)

 国分寺街道に戻ると、再び喧騒。車、車。轟音を響かせトラックが通過。南へ進み、市境を越えて府中市へ。左に交番、右に牛丼屋。午後3時すぎ、ランドセルを背負った制服姿の子どもたちが、バス停に大行列。その先の明星学苑前交差点を右折して、西へ。

 道の名は「学園通り」。しばらくは中華料理店にクリーニング店など店も並びますが、ほどなく店は途切れました。そして道の南側に、高さ4mほどの白い塀がどこまでも続いています。塀の向こうは――府中刑務所です。

 塀を見上げつつ、西へ進みます。今度は私服の小学生が、前方から大勢やってきます。近くに小学校があるようで、また途中に府中高校もあります。刑務所こそありますが、なるほど「学園通り」です。

 白い塀が続いています。

雨の朝、事件は起こった


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