カツカレーの原型、実は下町にあった? 浅草「河金」のかつ丼【連載】東京レッツラGOGO! マグロ飯(4)

都内散歩と食べ歩きにくわしいフリーライターの下関マグロさんが、都内一押しの「マグロ飯」を紹介します。


お客の注文に応えて誕生したカツカレー

「河金」は屋台での営業を経て、1929(昭和4)年に12.3坪のお店を持ちます。このお店はかなり繁盛したそうで、その後、当時の国際劇場の隣に店を出します。

 国際劇場は多くの昭和のスターたちが公演した劇場。しかし、1982(昭和57)年に惜しまれながら閉鎖します。その跡地には浅草ビューホテルが建設されました。

 金太郎の息子である清光さんが店を継ぎ、その弟の信之助さんが暖簾(のれん)分けで入谷に店を出します。

 そして、さらに信之助さんの次の代では、入谷店を兄の純一さんが継ぎ、弟の謙二さんが浅草に千束店を開きました。本店は残念ながら閉店してしまいましたが、「河金」の流れは入谷と浅草に残っているのです。

浅草5丁目にある「とんかつ 河金 千束店」。看板には大正7年創業とある(画像:下関マグロ)

 4代目店主の河野貴和(こうの・よしかず)さんによれば、「河金丼」は屋台で提供していたときと同じ作り方で、当時と味は変わっていないということです。

 河金丼はどうやって誕生したのでしょうか?

「お客さんに、カツレツの上にカレーをかけてくれと言われて出したのが最初だと聞いています。カツレツが10銭、カレーが10銭で、河金丼は20銭だったようです」(河野さん)

 河金丼もまた、お客さんのリクエストから生まれたんですね。

オムライスの起源は謎に包まれたまま


【画像】浅草のとんかつ屋「河金」の場所を見る

画像ギャラリー

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