山口百恵『しなやかに歌って』――急な下り坂が生んだ自立した歌姫 目黒区【ベストヒット23区】

人にはみな、記憶に残る思い出の曲がそれぞれあるというもの。そんな曲の中で、東京23区にまつわるヒット曲を音楽評論家のスージー鈴木さんが紹介します。


ヤマハ音楽振興会で思い出すチェッカーズ

 その権之助坂を下りながら、左の道を少し入ったところにあるのがご存知ホリプロ(目黒区下目黒)。山口百恵、和田アキ子、榊原郁恵らをはじめとして、多数のタレントを擁してきた一大芸能事務所です。

ホリプロの外観(画像:(C)Google)

 ただ音楽ファン的には、70年代前半、あの井上陽水と忌野清志郎(RCサクセション)がともに在籍した事務所としてのイメージが鮮烈です。この奇才ふたりが共作したのが、井上陽水屈指の名曲 = 『帰れない二人』(73年)。

 目黒通りに戻って、目黒川、山手通りを超え、さらに西に向かっていくと、左側に見えてくるのがヤマハ音楽振興会(同)。ヤマハと言えば、一般的には、中島みゆき、世良公則&ツイスト、クリスタルキング、チャゲ&飛鳥……ということになりますが、個人的に思い出深いのがチェッカーズ。

 デビュー当初、チェッカーズの事務所はここ、ヤマハでした。7人のメンバーが下宿した寮もこのあたり。ですが、ヤマハとメンバーが音楽的に対立し、人気に火が付いてすぐの84年1月頃、何とメンバーがヤマハから脱走してしまうのです(このあたりの経緯については、私の著書『チェッカーズの音楽とその時代』(ブックマン社)をご一読ください)。

目黒鹿鳴館の前にいた「極端な髪型」の観客たち


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