明治通りと交差する古き橋 40年前の昭和歌謡が物語る悲しき「目白の情景」とは

1979年発表の昭和歌謡「千登勢橋」。同曲とその舞台となった目白の風景について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。


歌詞の世界を彩った「ハンカチ」

 さて、「千登勢橋」の歌詞にはいくつかの印象的なフレーズがあります。

 まず「遠くでカテドラルの鐘」ですが、これはカトリック関口教会(文京区関口)にある東京カテドラル聖マリア大聖堂のことでしょう。

 1899(明治32)年に建設されたこのカテドラルはもともとゴシック式の木造建築でしたが、第二次世界大戦で焼失し、現在の建物は1960(昭和35)年から1964年にかけて、東京大学の音響・構造技術の専門家の支援を得て、丹下健三が設計したものです。一見、カテドラルには見えませんが、上空から見ると十字架の形に見えます。

東京カテドラル聖マリア大聖堂の外観(画像:(C)Google)




 また「千登勢橋から落とした 白いハンカチが ヒラヒラ風に舞って」というフレーズも記憶に残っています。なお先に挙げた「池上線」のなかでも、「白いハンカチ」が出てきます。

 1975(昭和50)年の太田裕美の「木綿のハンカチーフ」のように、この時代は「ハンカチ」が歌詞世界の小道具として活躍しています。シチュエーションはさまざまですが、女性の立場から見ると、「涙」との関係が濃密な小道具といえるでしょう。

 さすがに道路や軌道が下にある千登勢橋の上から「ハンカチ」を落とすのはとても危険です。1978(昭和53)年のさだまさしの「檸檬(れもん)」では、「食べかけの檸檬聖橋(ひじりばし)から放る」というフレーズが出てきます。

 聖橋の下には神田川と並行して中央線、総武線が走っていますが、檸檬は神田川に落ちます。この行為も現実的に考えると危険です。しかしながら歌詞世界でこのような手法はよく見られ、文章技法でいえば比喩に当たります。別のものに感情などを仮託するのです。

 西島三重子には「目白通り」という曲もあって、こちらの作詞は「池上線」の佐藤順英です。この作品の歌詞にも千登世橋が登場します。やはり場所的な親近感というのか、彼女の作品には目白は不可欠なものだったのでしょう。

なぜ橋の名前が違うのか


【地図】「千登勢橋」のモデルになった橋の場所を見る

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