進化する東京の裏で多くの犠牲 歴史遺産と巨大開発の対立史をひも解く

進化し続ける都市・東京。そんな東京はこれまで、歴史と都市化との衝突がいたるところで起きてきました。フリーランスライターの小川裕夫さんが解説します。


大きく変化する社会と人々の概念

 そうした批判を受け、2005年頃から政府は日本橋の移設を検討します。しかし、移設にかかる工費が5000億円と試算され、それらを捻出することが難しいことから移設計画は宙に浮きました。

頭上に首都高速道路が建設されている日本橋(画像:小川裕夫)

 現在、再び首都高の移設計画が動き出しています。これは首都高が老朽化し、リニューアルの必要に迫られたためです。首都高のリニューアルと同時に日本橋界隈の再開発も着工することで工費を縮減できる見通しになり、移設費用がまかなえると判断されたのです。こうした都市の大改造で、過去の歴史との共存は必ず突き当たります。また、近年は自然環境の保護意識も高まっているため、開発にもそれらが求められるようになっています。

 地下鉄千代田線の掘削工事は、その影響で上野公園の不忍池の底が抜ける事態が発生。池の水が流出する騒動が起きました。多摩ニュータウンの開発では、丘陵を切り崩して宅地を造成したことから多くの自然が失われました。

 開発にまつわる問題は明治・大正・昭和に偏りがちですが、平成の30年間でも新たな問題が生まれています。平成の30年間は、これまでにないほど急速に技術が進歩し、また規制緩和も勧められました。そのため、社会が大きく変革し、人々の概念も変わりました。それが東京のいたるところで、ハレーションを起こす要因にもなっています。

 昨今は訪日外国人観光客が急増し、そして日本人も気軽に海外へ出かけるようになりました。そうした動向から、羽田空港の発着便数を増やすために滑走路などの拡張が検討されています。しかし、滑走路を拡張しただけでは発着便数を増やすことはできません。

 空港周辺は飛行機の発着を阻害しないように、高い建物が建設できない規制があります。東京スカイツリーもこの規制に抵触しましたが、電波塔という公的な役割が勘案されて例外とされました。

 しかし東京都心部の建物は高層化を続けているため、それらが羽田空港を発着便数の増加を阻む要因になっているのです。ビルの高層化も羽田空港の発着便数増加も、どちらを欠いても東京という大都市は成り立ちません。うまく共存できる術をみつけるしかないのです。

 江戸開府から400年以上が経過し、東京奠都(てんと)からも150年が経過しています。東京は今も進化を続けており、その進化の裏で多くの犠牲があったことも忘れてはなりません。


【画像】有名スポットばかり! 都内で起きた「歴史遺産と巨大開発」の衝突現場

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