都市化で消滅した田畑と雑木林――生誕110周年・松本清張が描いた追憶の武蔵野台地

2019年に生誕110周年を迎えた小説家・松本清張。同氏の作品は映像化され、今でもファンを魅了し続けています。そんな清張作品に込められた東京の情景について、法政大学大学院教授の増淵敏之さんが解説します。


都市化の現状を凝視した清張

 武蔵野が清張の小説の舞台にしばしば登場するのは、もちろん居住地の周辺であるという理由だけではないでしょう。

 松本清張全集『黒の様式』(文藝春秋)の巻末にある小説家・丸谷才一の解説によれば、清張は父と同じくして歴史や地理が好きだったようです。ですから風景描写も主観に流れず、どこか客観的というか、冷静に表現されています。社会派推理作家とも呼ばれた清張の面目躍如といったところでしょうか。

松本清張(画像:(C)新潮社、ミステリチャンネル)




 つまり清張は、都市化の進展によって作られた舞台の人々が犯す犯罪行為の心理に人一倍関心があったのではないでしょうか。都市化は犯罪を増加させるといいます。従来の農村的な信頼関係に基づいた社会が瓦解していくからです。

 東京は戦後の復興期から郊外は畑地、山林・原野、水田の順番で宅地化が進みました。その過程で、中には1960年代に玉川上水や五日市街道沿いの屋敷森や丘陵地などが風致地区に指定されたケースもあります。しかし現実的には都市化、スプロール化は避けられず、現在は武蔵野の大半が市街地になったといっても過言ではありません。

 清張はこの都市化の現状を凝視するのです。武蔵野を舞台にした作品をふたつ挙げてみましょう。

 ひとつは『黒の福音』です。この作品は1959(昭和34)年におきた「BOAC航空スチュワーデス殺人事件」を基に書かれており、戦後のキリスト教団の暗部を描いています。

「東京の北郊を西に走る或る私鉄は二つの起点をもっている。この二つの線は、或る距離をおいて、ほぼ並行して、武蔵野を走っている。東京都の膨れ上った人口は、年々、郊外へ住宅を押し拡げてゆくから朝夕は乗客で混み合う。しかし、二つの線の中間地帯は、賑かな街にもなりきれず、田園のままでもなく、中途半端な形態をとっている所が多い。この辺りになると、ナラ、カエデ、クヌギ、カシなどの雑木林が到るところに残っている。旧い径は、その林の中に入っている。林の奥には農家の部落がひそんでいる」(同作品)

 1960(昭和35)年前後の武蔵野の描写です。この描写は井草(杉並区)界隈とされています。スチュワーデスの死体が見つかるのが善福寺川、また荻窪周辺も数多く登場します。荻窪は戦前を代表する高級住宅地でしたので、この時期は既存の市街地ですが、井草界隈はまだ農家などが点在していたと言えます。

人々の苦悩や煩悩を増やした東京郊外の変化


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