墨田区の河童伝説が伝える、美しき「水辺」への親しみと畏怖

水辺にはなぜか昔から、怪談話が生まれやすいといいます。そう、たとえば河童とか。墨田区と江東区を舞台に、怪談・オカルト研究家の吉田悠軌さんがその背景を考察します。


かの有名な「おいてけ堀」はどこにあったのか

 たとえば「落ち葉なき椎(しい)」という、決して葉が落ちない不思議な椎の木は、隅田川べりの武家屋敷にあったとされます。

 「片葉の葦(あし)」は、片手片足を切り落とされた殺人事件により、そこにあった葦には片方の葉しかつかなくなったという怪奇現象。これは、墨田川の両国橋そば。

 それから「あかりなしそば」の舞台も、墨田区の南割下水という水路沿いです。そのあたりに、なぜか灯りをつけていない無人の屋台が夜な夜な出没するらしいというストーリー。屋台に入ったり、消えている行灯(あんどん)の火をともしたりすると不幸に見舞われる……という、現代の都市伝説でも通用するような話です。また「消えずの行灯」という行灯の火がいっこうに消えない逆バージョンの話もありますが、こうした派生が生まれるところも都市伝説っぽいですね。

 そんな水辺の怪異ばかりの本所七不思議のうちで、最も有名なのが「おいてけ掘」でしょう。

 埋め立て地のため水路の多い本所周辺ではかつて、あちこちで釣りができたようです。そのなかに、やけに魚の釣れる堀がある。いいポイントを見つけたと夢中になっているうちとっぷり日が暮れて、あたりはもう夕闇のなか。ビクも魚でいっぱいだし、もう帰ろうとした途端、堀の中から不気味な声が響いてくるのです。

 おいてけ~ おいてけ~

 釣り人はあわてて逃げ帰ったのですが、ふと気づくと、いっぱいだったはずのビクは空っぽになっていた……。

「オイテケ堀」と記された明治後期の地図(画像:吉田悠軌)

 このほかにも、さまざまなバージョンの話が言い伝えられている「おいてけ掘」。実際の場所はどこに当たるのかという研究も盛んにおこなわれて、史跡としてふたつの候補が挙げられています。もちろん今は鬱蒼たる水場ではなく、掘の気配すらない街中となっているので、散歩がてら訪れることも一興かもしれません。

 さて、具体的にはどこがかつての「おいてけ堀」だったのでしょうか。

河童が、人間の治水工事を手伝ってくれた?


【画像】怪談なのに、怖くない? 「おいてけ堀」伝説を今に伝える史跡の数々

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