池袋の雑踏に消えた14歳の少女 東京の若者はなぜ絶望と孤独に苦しむのか

若者の生きづらさをテーマに20年以上取材を続けるライターの渋井哲也さん。渋井さんには、忘れられないひとりの少女の死の記憶があります。


「唯一頼れる兄」は、虐待の加害者でもあった

 友人として接していたアオイがある日「私を取材してほしい」と言ってきたとき、筆者が最初に抱いたのは「人に話をすることで、自分の内面を整理しようと思えるようになったのかもしれない」という希望的な思い。そして「まさか、死を覚悟して最後の遺書代わりに取材を受けるのではないか」という相反する不安でした。

 取材を予定していた当日、アオイから届いた連絡は短い一文だけでした。

「やっぱり、取材はやめたいと思う」

 今思えば、自分の体験を話そうかどうかと、直前まで逡巡していたのでしょう。再び「今から時間ありますか?」という連絡が入ったのは、それから数日後。放課後、彼女の中学校がある最寄駅のJR池袋駅西口に、彼女は制服姿のまま現れました。

「学校の近くだから、知り合いに見られちゃうかもしれないよ」

「平気です。聞いてください」

 何かを決意したような14歳の眼差しが、こちらへ向けられていました。

池袋の街を見下ろす少女のイメージ(画像:写真AC)

 池袋駅にほど近い喫茶店で向かい合い、アオイはぽつぽつと自分のことを話し始めました。幼いころから父親の暴力にさらされてきたこと。いつも何の前触れもなく、父のただ気まぐれに任せて殴られたこと。母親はそれに見ぬふりをして、「勉強しなさい」と言い放つだけだったこと――。

 アオイは都心からは30分ほどのところにある閑静な住宅街の一戸建てで、両親と兄と暮らす4人家族でした。小学校までは公立校。中学校からは都内の私立へ通いました。

 自傷行為を始めたのは小学6年のとき。気がついたらカッターで手首を切っていたのだと言います。両親に心を許せず、自宅からほど近い精神科クリニックに通院していたアオイにとって、唯一の「居場所」は兄でした。けれどもその兄からもまた、性的虐待を加えられていたのです。

「お父さんに殴られた後、自分の部屋へ戻ってお布団をかぶっていました。そうしたらお兄ちゃんがベッドに入ってきて、私の体を触ってきました。そのときが最初で、その後も同じことがありました。だけどお兄ちゃんは、お父さんと違って『やめて』って言えばやめてくれるんです。私の話を聞いてくれるし、私にとっては唯一、安心できる人なんです」

 性的虐待の加害者でありながら、唯一自分の話を聞いてくれる存在、拒否さえすれば虐待をやめてくれる兄。そんな兄しか心を許す人が身近にいなかった、それこそが彼女が生きていた日常でした。

かなえたい夢があった

 アオイには夢がありました。歌手になることです。歌うことが好きで、歌っているときだけは現実を忘れることができたのだと言います。変身願望もあって、パンク・ロリータ風の洋服をまとっては原宿をよく歩いていたんだよ、と、照れたように話してくれました。

 取材を終えて去っていくとき、アオイの表情は、待ち合わせたときより幾分明るくなっていた、筆者に目にはそう映ったはずでした。

 その2週間後、アオイはネット上に自殺予告を書き込みました。

池袋のサンシャインシティから臨む東京(画像:写真AC)

 死をほのめかす書き込みをするのはそれが初めてではなく、以前書き込んだときにはリストカットをした、でも死にはしなかったと、彼女は話していました。今回も決して本気ではないだろう、筆者はそう願うような思いでいました。けれどその直後、アオイが住む地域で同年代の女子中学生がマンションから飛び降り自殺をしたという記事を目にすることになります。

 オフ会で知り合った共通の知人に連絡を取っても、彼女の安否は分からないまま。そして数日が経ったころ、アオイの兄を名乗る人物が、彼女のアカウントを使って彼女の自殺までのいきさつをネット上に報告したのです。

「兄」が語る経緯はこうでした。

 アオイは原宿を歩いていたとき、タレント事務所の人間に声をかけられました。歌手志望であることを告げると「事務所に入らないか」との誘いを受けます。しかしその報告を母親は、強固に反対しいっさい耳を傾けませんでした。

 アオイはわざわざ事務所社員と両親を引き合わせ「怪しい事務所じゃない」と説得します。しかし母の態度は変わりません。「夢を否定された、そう感じたのだろう」。兄は妹の心情をそう代弁しました。

 アオイがネット上に自殺予告を書き込んだのは同じの日の夜。兄は妹を探して夜通し町を歩き回りましたが、結局彼女を見つけ出すことはできませんでした。

彼女は最期に何を思ったのか


【画像】若者たちの「目に見えぬ孤独」を内包したまま、今日も賑わう池袋の街

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