新撰組が通り過ぎた街「綾瀬」 かつての農村に近藤勇と土方歳三の息吹を感じながら

1988年に起きた事件で一躍その名を知られることとなった、足立区綾瀬。そんな同地区の知られざる歴史について、ルポライターの八木澤高明さんが解説します。


400年の歴史を誇る金子家

 金子家には今も、新撰組の隊士たちが寝泊まりした客間が当時のままに残っています。客間にある厨子の前には、近藤勇が金子家を去る際に残していった貴重な写真も飾られていました。

綾瀬駅の様子(画像:写真AC)

 その写真というのは、歴史に興味を持つ人であれば、新聞や雑誌などで一度は目にしたことがあるものです。

 オリジナルの写真は金子家以外には存在しません。出回っているものは、すべてコピーされたものです。近藤勇は金子家を出た後、千葉県の流山で新政府軍に投降し、板橋で刑死していますから、もしかしたら、先は長くないと覚悟し写真を置いていったのかもしれません。

 近藤勇ら新撰組隊士が身を寄せるほど、豪農として知られていた金子家のルーツについて、当主の方に尋ねてみました。

「江戸時代のはじめにこちらに来て、400年の歴史はあります。もともと八王子や日野。それがひとつの説としてありますね。ただ、それを裏付けるような資料は何も残っていないんですよ」

釣り上げた魚を子どもたちにあげた土方歳三

 都心へのベッドタウンとして、農村の面影はほとんど無い綾瀬ですが、過去の風景を思い浮かべる一助となる話をひとつ。

新撰組土方歳三が釣りをした綾瀬川(画像:八木澤高明)

 金子家で聞いた話です。新撰組の土方歳三は、綾瀬に滞在した間に綾瀬川に釣りに出かけ、釣り上げた魚を近所の子どもたちにあげたそうです。

 その綾瀬川はコンクリートの護岸に覆われてしまって、やはり昔日(せきじつ)の姿は失われていますが、血で血を洗う戦いの日々を過ごした土方歳三が童心に帰って釣りをしていたというのは、なんともほのぼのとした気持ちになります。


【大正時代の地図】1913年に製版された、現在の綾瀬駅付近の地図を見る?

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