ネットで炎上「ブステレビ」 問題の本質はどこにある?――今こそ「ブス = ダメ」の図式を疑うときだ
2019年9月13日
ライフ先日ネットで大きな話題となった「ブステレビ」への批判。それについてライターの秋山悠紀さんが「ルッキズム」の本質を通して持論を展開します。
宇佐さんはなぜ「1億円」と金額を提示したのか
そんななか、最後にOLの宇佐舞さんが「ヌードになったらきっと結婚もできなくなって、一生自分で働いて食べていかなきゃいけない。そういういろんなリスクとかを考えると1億円です」と発言。するとスタジオからは失笑にも近いどよめきが起こります。
しかし、この宇佐さんの発言に対して司会のおぎやはぎは言います。「怪しいから、断る意味も込めての1億だよね。宇佐だからムカつくかもしれないけど、考え方としては正しいよ」「みんなもそういう先々のことをそれくらい考えて欲しいよね」。このコメントこそ、本企画の真意だと受け止めるべきだと私は感じました。
「1億円もらうなら」発言が許される女性は誰か?
女優やモデル、グラビア、水商売などの職業がある限り、女性の容姿に関して「他人が勝手に決める市場価値」は確実に存在します。これは男性でも同じ。そしてその市場価値は、自分自身が決める価値より高いこともあれば低いこともあるでしょう。

1億円のギャラでヌードになっても誰も失笑しない女性とは誰なのか。本企画は宇佐さんの「ヌードになるなら1億円」に「そんなお金は誰も払わない」「高すぎる」と笑った人すべてに、「美人のヌードは高い、ブスのヌードは安い」という感覚のおかしさを問うものだったのではないでしょうか。
そして山田さんの「あまり高い金額だと『このブスが』って思われちゃう」という発言のように、私たち女性は無意識の中で、他人が決める市場価値や評価の中で生きている現状も浮き彫りにしています。
自分のヌードの値段は本来、他人からの評価軸ではなく自分自身の価値観で決めるものです。今回この企画に怒っている人たちは、同じ場面に出くわしたら「いくら積まれても絶対に脱がない」と堂々と言えるのでしょう。

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