一見さんお断り――日本各地で「予約制のカフェ」が増え続けるワケ

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一見さんお断り――日本各地で「予約制のカフェ」が増え続けるワケ

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川口葉子

カフェライター

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現在、予約制のカフェが各地に登場しています。いったいなぜでしょうか。カフェライターの川口葉子さんがその背景について解説します。

予約制の理想は、魅力が自然に広まること

 予約制のカフェが日本の各地に登場しています。主に個人経営の小さなカフェですが、常に予約で満席になる人気店も少なくありません。

カフェで食事をするイメージ(画像:写真AC)



 たとえば東京都内のあるカフェは、1か月のうち2週間だけ看板を出さずにひっそりと営業しており、残りの2週間、店主は小さな旅館などに卸すスイーツ作りに集中します。カフェ開催日の定刻になると、予約した人だけがカフェの扉の向こうへ吸い込まれていきます。その光景は、いつでも誰でも気軽に入れる汎用的の高いカフェとは対照的です。

 店内はわずか数席。ゆえに不特定多数の人に情報が拡散されることを避けて、リピーターが身近な人にカフェの魅力を伝え、自然に広まっていくことを理想としているのです。なぜこういったカフェが増えつつあるのでしょうか? その背景を探りつつ、完全予約制カフェの例を3つご紹介します。

1.特別な場所で、予約制の茶会
 2013年にオープンした「銀月サロン」(京都市)は、大阪在住の女性が京都市内に残る古い洋館と出会ったことから誕生しました。

 オーナーは中国国家茶芸師の資格を持ち、中国茶ソムリエとして多方面で活躍する高田小絵子(たかた さえこ)さん。高田さんは京都を訪れた折に、今にも朽ちそうな築100年近い洋館アパートメントに出会い、その風情に魅せられて2階の一室を賃貸契約しました。水回りなどは不便ながら、美しく改装したその部屋で、四季折々に完全予約制の茶会を催しています。

参加者とともに、お金に換算できない価値を創出

 常時開催しないのは、高田さんが大阪に拠点を持ちつつイベントや中国茶の買い付けで旅の多い生活をしていることと、老朽化した建物の小さな一室に設備上の限界があるため。桜や紅葉などの季節に合わせて、期間限定で完全予約制のお茶会を開くのが最適解だったのです。

銀月サロンの桜茶会。風に吹かれた花びらが時おり窓から舞い込んでくる(画像:川口葉子)

 ビジネスの観点からは非効率的。しかし、歳月を経た洋館の一室を修繕しながら使うことで建物を保護し、そこに流れる時間を茶会の参加者たちと共に楽しむことに、高田さんはお金に換算できない豊かな価値を見出しています。

 高田さんが中国や台湾で買い付けてくる茶葉の品質の高さ。コース仕立てで提供するお茶と点心の味わい。そして、地元では有名なこの洋館自体が持つ独特の雰囲気が非日常の時間を醸し出してくれると、茶会は口伝えで評判に。

 ことに春、洋館の前庭に立つ桜を愛でる「桜茶会」には予約が集中します。部屋の白壁が花の色を淡く反射して、参加者を桃源郷で遊ぶような心地に誘うのです。

オーナー「無理なく続けられる店作りがベスト」

2.ひとり体制のカフェに、席を確保
 オーナーがひとりで切り盛りする人気カフェが、レストランのように席を予約する方法を採用することがあります。都内のあるカフェのオーナーは、予約制を導入したきっかけをこう説明します。

「主力商品のパフェの人気がSNSを通して高まり、ひとりで対応できる来客数を超えるようになったんです。炎天下に並んで待っていただくのを申し訳なく思い、お客さまも私自身も安心して過ごせるよう、前日までにメール予約を受けてお席を確保する方法をとりました。

 オーナーはキッチンもホールもほぼひとりでこなすため、営業時間中に予約電話を受ける余裕がありません。時間帯にとらわれずに情報の送受信ができるメール予約、ネット予約は大きな恩恵ですね」

ネット予約を行っているイメージ(画像:写真AC)



 ところで、スタッフを増やすという選択肢は考えているのでしょうか?

「人件費が高くつくし、相性のいいスタッフを探す手間や、果たしてそのスタッフが長く働いてくれるかどうかを考慮すると、自分ができる範囲で無理なく続けられるお店作りがベストなんです」

このカフェで提供されるスイーツはルックスも味も華やかで満足度が高く、その分、高額。「それでも食べたい」と、価値を認めてお店に通うファンがいる限り、予約制は続くのでしょう。

完全予約制で解決した店主の悩み

3.イベント型カフェ
 現在はカフェのスタイルが多様化し、実店舗を持たないパティシェや料理ユニット、コーヒーロースターが増えています。彼らはネット販売のほか、既存のカフェのアイドルタイムを間借りしたり、各地のイベントに出張したりして日時限定のカフェを開いており、完全予約制をとる場合もあります。

三軒茶屋にあったtocoro cafe(画像:川口葉子)



「tocoro cafe」の名称で活動する上村雅一・直子さん夫妻は、東京・三軒茶屋で同名の実店舗を8年間営んでいました。閉店後は各地のカフェやギャラリーに招かれ、スイーツやコーヒーを提供する出張カフェで活躍しています。店舗営業時代の高いクオリティが同業者やアーティストたちにも評価され、良いつながりが生まれていたことが閉店後に活かされたのです。

 現在は出張カフェのほか、神奈川県相模原市に広いアトリエ「十五六」を構え、日時限定で焼き菓子販売や完全予約制のトークイベントを開催。コーヒーがサービスされ、カフェを思わせる光景が見られます。

「実店舗を持っていた時代には、毎日、自宅からカフェまでの往復に長時間かかることが大きな肉体的負担となっていました」と上村さん。

 また、カフェによっては来店者数が不規則で予測が難しく、なぜか雨の平日に大混雑することもあれば、天気のいい週末にお客が少ないこともあります。人気スイーツが完売してお客をがっかりさせる日がある一方で、手間ひまかけて仕込みを行った食品のロスが避けられない日もあるのです。

「カフェはお客さまを待つことしかできません。それがストレスでもありました」

 自宅に近いアトリエで開く完全予約制イベントは、上のふたつの問題を解決しています。アトリエ内には三軒茶屋のカフェの家具がそのまま使われており、往年のカフェを知るイベント参加者たちが懐かしんでいます。

個人カフェがこまめに情報発信できる時代

 これらの予約制カフェが成立する背景のひとつとして、メールやSNS、ネット決済サービスの普及は無視できません。イベント開催日や「明日〇時に1名分のキャンセルが出ました」といった急な連絡をこまめに発信できるし、メールでの予約もスムーズです。

アトリエ十五六での完全予約制イベント(画像:川口葉子)



 また、発信する情報にそのカフェならではの体温や美意識をのせられるのも、オーナーの顔が見える小さなカフェの強み。センスのいい写真やあたたかな言葉を添えることで、オーナーの世界観がダイレクトに伝わり、ファン獲得につながります。

 あえて予約にハードルを設けているカフェもあります。お客は仮申し込みをした後、銀行振込やPeatixなどの決済サービスを通して代金を支払うことで、はじめて予約完了。いささか面倒な手続きです。

 しかし、このハードルがひやかし客を遠ざけ、キャンセルのリスクを減らします。「予約は大変、それでもなお行きたい」という本気のお客だけがハードルを越えて来店するのです。

お店とお客、双方のメリットは……

 カフェにとって予約制の大きなメリットは、食材と仕込み時間を効率的に管理し、無駄を排除して、作りたての最高のクオリティで料理やスイーツを提供できること。

 お客にとっても行列から解放されるのは有難いことでしょう。また、予約メールのやりとりを通して多少なりともカフェオーナーとコミュニケーションをとり、「匿名のお客」より一歩近い関係が生まれることも魅力かもしれません。

 不確実な要素を減らし、そこで過ごすひとときの充実感を確実なものにする。お店とお客がお互いの顔を見てささやかな信頼関係を結ぶ。それが完全予約制カフェなのです。

 街にはふらりと立ち寄れるカフェ、仕事や勉強、おしゃべりを目的としてカジュアルに使える開かれたカフェが必要ですが、一方ではこうした閉ざされた空間で濃密な体験を提供するカフェも求められています。

 変化する時代に揉まれながら、カフェは常にお店とお客の幸福がなるべく多く重なるスタイルを模索しているのです。

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